恋愛日和 〜市長と恋するベリが丘〜

十玖子に案内されたのは、広々とした畳張りの部屋だった。
室内には、十玖子の他に柚木もいて、脇には着物が用意されている。

「では今日は初めてですから、まずは着物を着てみるところから始めましょう」
「は、はい!」

十分後。

「姿勢が悪い!」
「くすぐったがらずに、落ち着いて静かに立っていなさい!」
「キョロキョロしない!」
柚木が胡桃に着物を着せる間、胡桃の姿勢や振る舞いを注意する声が響く。

(壱世さんがいる部屋にも聞こえてそう)
「集中なさい!」
十玖子に言われ、胡桃は両腕を身体に沿わせてピッと背筋を伸ばす。

着物を着ると、今度は和室でのマナーについての指導が始まった。

「畳の縁は踏まない! 基本中の基本ですよ!」
「着物でそんなに大股にならないでちょうだい!」
「座布団に座る前に一度——」
「そういうときは——」

(こ、これは……なかなか……)

予想はしていたものの、十玖子の指導はそれ以上に厳しいものだった。
知らないことだらけで、胡桃はぐるぐると目を回し、頭もフル回転させた。

「初日ですから、こんなものでしょう。おつかれさまでした」
「ありがとうございました」
二時間ほどで、この日の十玖子の指導は終わった。

「はぁ〜〜〜つかれたー」

十玖子がいなくなり、着物の帯が解かれた瞬間、胡桃は安心したように大きく息を吐いた。
その様子を見て、着物を脱がせている柚木が笑う。

「大奥様、怖かったかしら」
「うーん、怖いですね」
苦笑いの胡桃の言葉に、柚木は困ったような顔をする。

「でも嫌な怖さではないです。背筋が伸びる感じというか。まだ初日ですけど」
胡桃が言うと、柚木はにっこり微笑んだ。

「胡桃さん、お茶にしましょう。和子(かずこ)さん、用意してちょうだい」
部屋に戻ってきた十玖子が柚木に指示を出す。