「胡桃さん?」
十玖子が心配そうに声をかけると、胡桃は壱世の方を見た。

「壱世さん、すみません」
「え?」

「せっかくお気遣いいただいたんですけど、これじゃ全然楽しくないです」

「楽しくない?」
眉をひそめた顔の十玖子に聞かれる。

「十玖子さんも、ごめんなさい。素敵なお店に連れてきていただいたのに……お恥ずかしいんですけど私、テーブルマナーって全然で。壱世さんに助けていただいてたんですけど、それじゃ食事にも十玖子さんのお話にも集中できなくて……せっかくなのに楽しくもおいしくもないんです」
胡桃は申し訳ない気持ちで困ったように眉を下げる。

「なのでマナーに至らない点があるかもしれないですけど、自由に食べさせていただいてもいいですか?」

その発言に、十玖子が「ふぅ」とため息をついたので、胡桃は不快にさせたのではないかと不安になる。

「今日はね、そのために個室にしたのよ。ほぼ初対面で、私からのお礼だもの。テーブルマナーなんか気にしないで、楽しくおしゃべりして食事ができたほうがいいでしょう?」
「え……」

「どこかの誰かが、余計な入れ知恵で台無しにしかけたようだけれど」
そう言って十玖子が非難するように一瞥すると、壱世はバツが悪いような、機嫌が悪いような難しい顔をした。

「じゃあ」
「ええ、自由に食べてちょうだい。パーティーの時みたいなおしゃべりももっと聞きたいわ」

十玖子の許可を得た胡桃の表情はパァッと明るくなり、満面の笑みを見せる。
急に饒舌(じょうぜつ)になった胡桃は、なかなか来られないノースエリアのレストランに来られた喜びや、憧れのオーベルジュ、好きなスポットなどの話を弾んだ声で二人に聞かせる。
料理が運ばれてくるたびに嬉しさが自然に顔に出ていた。

どこかピリピリとしていた壱世も、胡桃の様子に徐々に口元を綻ばせた。