恋愛日和 〜市長と恋するベリが丘〜

彼は左頬を押さえている。
胡桃の右手がじんわりと痛い。

「え? 私今……殴りました!? 市長を!?」

サーッと血の気が引いていく。

「すみません!」
「殴ったというか叩いたというか……いや、悪いのは俺だから」
壱世の言葉にまたハッとする。

(そうだ、キス!)

「な、なんで」
「普通に、かわいいなと思ったんだけど……突然悪かった」

「あ、お、お酒の勢いとかですか?」
「酒?」
「ならしょうがないですよね。私もびっくりしてつい手が出てしまって……」
胡桃自身も酔いが回っているので「あはは」と笑ったが、心臓はドキドキと落ち着かないリズムを刻んでいる。

「本当に悪かった」
「い、いえ……」

二人はまた海を眺めて、汽笛の音を聞いた。

「そろそろ帰るか」
何事もなかったかのように残ったポテトをつまんだ壱世が言った。
「は、はい」
そして、何事もなかったかのように胡桃を自宅マンションまで送り届けた。

「今日は本当にありがとう」
「いえ、こちらこそ。図々しくハンバーガーまで付き合っていただいて」
「いや、ああいうのはひさびさだったから新鮮で良かった」

「では、次は取材に行かせていただくので。よろしくお願いします。おやすみなさい」
「ああ。おやすみ」

胡桃はそのまま壱世の車が小さくなって行くのを見送った。

(……あれ? 車?)

アルコールが入って鈍っていた判断能力が一気に戻ってきた。

(お、お酒なんて飲んでない……?)

『かわいいなと思ったんだけど』

胡桃は頬が熱くなってしまったが、ふるふると熱を払って否定するように首を振った。

(婚約者がいるのにどういうつもり……?)