恋愛日和 〜市長と恋するベリが丘〜

橘が壱世に、今の状況を説明する。

『……』
壱世はしばらく黙り込む。

『女将に、誰か客がいなかったか聞いてもらえますか?』
橘は、壱世に言われた通り隣にいる女将に質問する。

「お客様のことはプライバシーに関わるので教えられません」
「だ、そうです」
女将の答えに壱世はため息をつく。
その答えから〝客がいた〟ことだけはわかる。

『では他に、客じゃなくても誰か見かけなかったですか?』
「あー、それならあれっスね、リフォーム業者。烏辺リフォームだったかな」

『烏辺?』

壱世の声色が変わったのがわかる。


十分後。

「あら、市長。いらっしゃいませ。あれ? 本日はご予約いただいていましたか?」
間もなく営業を開始する飯桐の玄関に、壱世が姿を現した。
女将が迎える。

「鹿ノ川副市長と待ち合わせを」
「え? 鹿ノ川さんなら、先ほど〝用事ができた〟とおっしゃられて席の途中で帰られましたよ」
壱世の嘘に、女将はまったく疑うことなく答える。

「……烏辺会長も、ですか?」
「ええ」

頷く女将に、壱世は「やはり」という焦りの交じった顔をする。