「高梨、調子は——胡桃、いたのか」

顔を出したのは壱世だった。

「栗須さん、ありがとうございます」
壱世は高梨に目配せのような視線を送る。
「副市長ならもう帰りましたから、江田さんと一緒でも大丈夫ですよ」
高梨の言葉を聞いて、壱世は安堵したように椅子に腰を下ろした。

「……私たちのことって、そんなに厳重に秘密にするんでしたっけ?」
二人の様子を不思議に思った胡桃が質問する。

〝あえて公表はしないが、積極的に隠すようなこともしない〟が壱世と胡桃の決めたことだった。

「少し、事情が変わった。しばらくはベリが丘では二人で並ぶのは控えた方が良さそうだ」
「はい……」
(事情?)
「理由は近いうちにちゃんと説明する」
不安そうな胡桃の表情を察した壱世が言う。


結局、胡桃は壱世と高梨と三人で過ごすと、先に病室を後にした。
病室を出てからも、胡桃はなんとなく不安を抱えたままだった。

(あれ? そういえば、木菟屋の時も土曜日だったし、夕方の遅い時間だった……)
ベリが丘市の職員は基本的に平日の午前八時から午後五時までが勤務時間だ。

(わざわざ勤務時間外に?)

〝市長が知らない〟〝箝口令〟〝勤務時間外の訪問〟その一つひとつになんとなく違和感を覚える。

病室を出る際に『病院の前から家まで、必ずタクシーで寄り道せずに帰るように』と壱世から念を押されたのも引っかかる。