恋愛日和 〜市長と恋するベリが丘〜

「え、えーっと……婚約者です、一応」
「一応?」

「いえ、なんでもないです。栗須の婚約者です」
(あぶない。なりきらないと、取材がなくなる)

「栗須市長はお若いのに市長になられて。お忙しくて大変なんじゃないかしら?」
「ええ、忙しくしてますね」
(取材の予定も把握してないくらいね)

「忙しくても婚約者の方には優しくしてくれるの?」
「はい、優しいですよ」
(料理を取ってきてくれたし)

彼女の質問に若干たじろぎつつも、できるだけ嘘をつかずに答えようとする。

(すごい質問攻め。こんなおばあさまも虜にしてるんだ)

胡桃は壱世の人気に感心しながら、もう一度彼女の佇まいをチラッと確認した。

(あれ?)
胡桃の視線が老婦人の手首で止まる。

「あの、失礼ですが……その時計、もしかして止まっていませんか?」

彼女の左腕につけられたシルバーの腕時計の針が指しているのは現在時刻とは明らかに違う数字だった。
彼女は胡桃の指摘に驚いた表情をした。

「バレちゃったわね」
そう言って「ふふ」っと笑う。

「この時計は夫の形見なのだけれど、古いものだからもう直せないって時計屋さんに言われてしまって。時計としては使えないけれどブレスレット代わりにつけているの」
彼女は照れくさそうに教えてくれた。

「古い時計……あ」

彼女の話を聞いた胡桃の頭に、ある人物の顔が浮かんだ。