後ろを振り返ると、青年は固い表情でこちらを見ていた。
 いったい、自分はいつ彼に名乗ったのだろう。

「間違いないな。ならばわかった、以後そう呼ばせてもらう」
「はぁ……」

 記憶を辿ってみたけれどそれは判然とせず、メルは大方家にあった手帳かなにかから読み取ったのだろうということで納得し、姿勢を正した。

「では、出発します! しっかり捕まっていてくださいね! ヤッ!」

 ――ダカカッ。

 彼女が手綱を引くと、黒馬はふたり分の重さをものともせず、意思が伝わったかのように高らかに蹄を鳴らし木々の間を抜けてゆく。風が流れ、ローブの裾がはためき出す。

 こうして、ここナセラ森に来て十年……。
 ようやくメルは再び、広い外界と触れ合うきっかけを得ることになったのだった。