彼はその大きな目でひとりひとりの聴衆を見つめ、頷きかけた。

「ご存知の通り、父上を――床に臥した陛下を、我が母が弑そうとしたという。そのことが信じられず、俺は一度離れた城に舞い戻ることを決めた。今も俺は、母がそのようなことをする人では無いと思い、再度配下と共に調査を行っている。このことに付いては、いずれ真実が明かされると思うが、どのようなものでもしっかりと、受け入れるつもりだ。本題はそこではなく、その旅の最中で出会った、民たちの暮らし向きについてだ」

 衝撃の事件を思い起こされ、自然と皆の興味が集中する。そこから、ラルドリスは淡々と、しかし短い旅の間に己が感じたことを、心を込めて語りかける。 

「そこには色々な人が居て、様々な暮らしがあった。すべてを人任せにしていた俺は、そこで初めて、国民がどのように働き、家族と、仲間とどんな気持ちを分かち合い、生きているかを見たんだ。薄い毛布を被り寒さに耐えながら眠る日もあること。互いだけを頼りに生きる幼い兄妹の姿。家族を亡くしながらも残された者を必死に守り育てる母や、笑顔を絶やさずそれを支える娘。束の間の幸せを思い出にまた次の未来を形作ろうとする人々……。その中にひとときでも入ることで、俺はわずかではあるが、その思いを共有することができた」
(殿下……できていますよ、伝えることが)