ベルナール公爵に特別な能力はない。彼が宰相と地位に就いたのも、すべてが時間と地道さを頼りにした愚直な実績の積み重ねによるもの。
 意に染まぬ悪事にも手を染めたこともある。領民に謂れのない苦しみを与え、大きく糾弾されることもあった。それでもただただこの国の為に尽くすことだけを考えて先を見た。その道程を認められ、今がある。
 そしてこの仕事以外に、自分の存在理由などなにもないのだ。

 正直、ザハールについてはすでに見放してはいる。
 自身の能力の低さと向き合おうともせず、生まれ持った地位だけで人を見下す滑稽な男。あの男の秘密を知ってなお支援しているのは、半端な者に国政に口を出されるよりはよほど良いからだ。媚びへつらってさえいれば満たされるのだから。せいぜい口車に乗せ、上手く御してやればいい。
 一方ラルドリスのような、国を思うがゆえの心は諸刃の剣ともなる。それはひとたび進む道を誤れば、これまで彼らが血と汗を流し必死に積み上げてきたこの国を瓦礫の山に変えかねないのだ。

「我が国の隆盛を脅かそうというのならば、容赦はせん。必ずや……貴様らを退け、この国を正しき道に導くのだ……この私が!」

 ベルナール公爵は椅子に着くと、いくつもの書簡をしたため始める。瞬く間に脇には封書の束が積み上がり、そしてその手は夜が明けても止まることなく、羊皮紙の上を滑り続けた。