4月下旬の土曜日。
新学期で忙しくしていた早川先生がやっと落ち着いたこの日。
以前約束した、私が早川先生の家に遊びに行く日だ。
前回先生と学校の外で会ったのは、3月に神崎くんのライブ行った時かな。心配で駅前まで来ていた時。
ただあの時は有紗もいたから2人では無いけれど。
「…よし、準備オッケー」
今日は早起きをして、お弁当を作った。
お母さんに茶化されながら。
日頃料理をしないから手際は悪かったが、味は悪くない。
先生、喜んでくれるかな。
「真帆にしては見た目良くできたじゃない」
「でしょ?」
「何だぁ…真帆のお弁当良いなぁ。裕哉くんずるいぞ、わしも食べたい…」
「お父さんはまた今度ね」
「その今度は一生来ないやつだろ…」
先生が一度、お父さんとお母さんに挨拶をしてくれた。
その時に先生とお付き合いすることを認めてもらい、今がある。
今度お弁当作るよ、お父さん。
認めてくれた両親には感謝しかない。
「じゃあ、行ってくるね」
「気を付けてね」
先生の家まで電車で1駅。
そこから徒歩5分。
最近ハマっているロックバンドの音楽を聴きながら、駅に向かって歩いた。
3分間電車に揺られ、目的の駅で降りる。
陸橋を渡って改札口へ向かうと、遠目に見慣れた人の姿が見えた。
私は小走りで駆け寄ると、その人は微笑んで片手を上げた。
「真帆さん」
「せ…………おっと」
早川先生。
長い前髪が風に吹かれて揺れている。
いつもと違う黒縁眼鏡を掛けていた。
私は急いで改札口を出て、そのまま先生の胸元に飛び込む。
「今、危なかったですね」
「癖って怖いです」
先生は笑いながらギュッと抱き締めた。
「真帆さん、おはようございます」
「おはようございます…というか、何で居るのですか…」
家まで1人で行く予定だったから、駅で先生が待っているなんて想定外だった。
先生は抱き締めていた腕を解いて、優しく手を握ってくれる。
「迎えに来てはダメでしたか?」
「いえ、そんなことはないです。ただ、びっくりしました」
手を繋いだままゆっくりと歩き出す。
先生は私の荷物を無言で持ってくれた。
「この時間の電車で来るって分かっているのに、大人しく家で待つなんて…勿体無いでしょう」
本当は家に迎えに行きたかったですけどね、と先生は付け足した。
ちょっと前まで、早川先生は本当に辛そうだった。
精神的に安定しない様子も見られて心配な毎日を過ごしていたが…数学補習同好会に有紗と浅野先生が加わってから、少しだけ前の先生に戻っている…と思う。多分、悩みの種が減ったのだろう。
隣で少し微笑みながら歩いている先生が可愛い。
辛そうな表情より、その表情が見たい。
今日一緒に過ごすことで、少しでも改善されれば良いけれど…。
そんな思いでいっぱいだ。