風に流されながらふわふわと廃墟となった東京上空を飛んでいく二人――――。

 今から十数年前のあの日、自衛隊と戦闘になったAIのロボットたちは、躊躇することなくハッキングで奪い取った核ミサイルを使った。市ヶ谷にある防衛省上空で炸裂した核弾頭は一瞬で東京二十三区を焼き払い、数百万人が焼け死んだ。これで日本はAIの手に落ちたのだ。

 アメリカや中国がどうなったかは知らない。人の移動が制限され、情報統制の厳しい社会となった今では、たとえ同じ日本でも北海道や九州がどうなっているかすら分からないのだ。外国の情報などどうやったって知りようがない。ただ、米軍が救出に来ないことを見ても日本と同様にAIの手に堕ちているというのは想像に難くない。

 瑛士はどこまでも続く瓦礫の地平を眺めながら肩を落とす。この東京のどこかで炎の中に消えていった自分の母親を思いながら、心を引き裂かれるようなため息をこぼした。

「あっ!」

 シアンが嫌な声をあげる。瑛士は眉をひそめてシアンの視線の先を見た。

「バッテリーがもう残り少ないよ、どうしよう?」

 確かにバッテリーのインジケーターが黄色に点滅している。

「じゃあその辺降ろしてよ」

 瑛士が上を向くと、光に覆われた巨大な熱気球のような半透明のこぶしも確かに最初の頃に比べて元気がない感じがする。

「それが、これ、元々こういう使い方するもんじゃないから、ゆっくり降りるとかできないのよね。きゃははは!」

 シアンは何がおかしいのか笑っている。瑛士はその能天気さにムッとして聞いた。

「じゃあ何? いきなり落ちるしかないっての?」

 瑛士は渋い顔をしながら下を見た。高さは三十メートル以上あるだろうか? こんなところから落ちたら即死である。

 スマホの電池は10%を切ったら減りが早い。いつ落ちてもおかしくない状態だった。

「もうすぐ川だから、そこに飛び込めばセーフ!」

 シアンはそう言って近づいてきた隅田川を指さした。

 ナチュラルに川に飛び込めというまるで鬼軍曹のようなシアンに瑛士はめまいを感じる。

「くぅ、マジかよぉ……」

 一難去ってまた一難。いつまでも終わらない試練の連続に瑛士の神経は参ってしまいそうだった。

 どんどん下がっていく電池残量、近づいてくる隅田川――――。

「ほら、覚悟はいい? いいタイミングで跳び込んでよ?」

 シアンは嬉しそうに声をかけてくる。

「いや、絶対なんか高度下げる方法あるでしょ? わざと言ってない?」

 瑛士はゴネる。隅田川の深さがどのくらいあるか知らないが、こんな高さから落ちたら無事ではすむまい。

「あったかもしれないけど忘れちゃったんだよねぇ。きゃははは!」

 シアンは楽しそうに笑う。

 命のかかった緊急事態で笑うのは本当にやめて欲しい。瑛士はギリッと奥歯を鳴らす。

「思い出してよ! 今すぐ!」

「ウーン、えーと……」

「頼むよ、命にかかわる事なんだからさ」

 絶対に飛び込みたくない瑛士は必死になって頼み込む。

「あっ! そう言えば確か……」

 シアンが思い出した時だった。

 ポン!

 スマホが真っ暗になって真っ赤な空乾電池マークが点滅した。

 消え去るこぶし、真っ逆さまに堕ちていく二人――――。

 うぎゃぁぁぁぁ! きゃははは!

 ボシュン!

 盛大な水柱が二つ、隅田川に立ち上ったのだった。


      ◇


 へっくしょい!

 瑛士は川べりで震えながら盛大なくしゃみを放った。

 シアンもずぶ濡れになって岸壁を這いあがり、ニコニコしながら瑛士のそばまでやってくる。

「あー、楽しかった!」

「なんも楽しくないから!」

 瑛士はこぶしを握って力説した。

 すると、シアンはブルブルっとまるで犬みたいに濡れた髪から(しずく)を振り飛ばす。

 うわぁ!

 (しずく)をもろにかぶった瑛士はこぶしをブンブンと振りながら怒鳴る。

「ちょっとやめてよ! 死ぬところだったんだぞ!」

「大げさなんだからぁ、無事なんでしょ? きゃははは!」

 シアンは屈託のない笑顔でのびやかに笑う。

 瑛士はギリッと奥歯を鳴らしながらジト目でシアンをにらんだ。

「で、これからどうするの?」

「上から見てたらね、あっちに良さげな倉庫があったから行ってみようよ」

 シアンはそう言うとすたすたと歩きだした。

「何があるかなぁ? くふふふ……」

 楽しそうに歩くシアンの後ろ姿を見て瑛士はハッとする。濡れたワンピースがぴったりとその豊かなヒップのラインを浮かび上がらせていたのだ。

 瑛士はその美しさに言葉を失い、顔を赤らめながら視線を逸らし、彼女の後を追った。