昨日のこと…夢だったら良いのに。
起きてそう思うも、この胸の痛みは夢では無いと認識させられる。

泣きすぎて目元が赤く腫れていた。
校則違反だが、薄くファンデーションを塗ってカバー。



「…うん、良い感じ」


これで他の同級生は(だま)せる。
しかし、やっぱり有紗には通用しなかった。




「あら? 真帆ちゃん。ちょっと来なさい」

朝練が終わって教室に入ってきた有紗は、私の顔を見た瞬間に怪訝な顔をした。


「いや、もうすぐホームルームだよ」
「良いから来なさい。何よそのお顔!!」
「昼休みに話すから…」
「待てない。1限は物理でしょ? サボろうよ」
「えぇ…」

ホームルーム終了後、有紗はクラスメイトに適当な事を言って私を連れ出した。


私の手を引っ張りながらスタスタと歩いて行く。
有紗は何も言わずに保健室まで来た。

「失礼します」
「はい、どうぞ」


保健室かぁ…。
まぁ、どこにいても誰かに見つかるから、どうせサボるならここが一番無難かもしれない。



「どうしました?」
「調子悪そうな真帆とお話したくて。場所を貸して下さい」
「あらそう。ふふ。本当ならお友達は授業に参加させないといけませんが、今日は大目に見ましょうね」

そう言いながら睦月先生は椅子を2脚出してくれた。

「先生、ありがとうございます」
「良いのよ。どうぞ座って。私は違う場所に行った方が良い?」
「あぁいいえ、大丈夫です。押しかけたのは私たちですから」

出された椅子にゆっくりと腰を掛ける。
睦月先生は微笑みながらこちらを見ていた。




「じゃあ早速聞くけどさ、どうしたの? 何があったの」
「…………う~ん」

睦月先生は早川先生が私に好意を抱いていたことは知っている。けれど、付き合っていたことは知らないはず。聞かれていると、どうしても話しにくい。

「早川先生のこと?」
「えっと…」

言えずにモジモジしていると、睦月先生が口を開いた。

「藤原さん、早川先生とお付き合いしていたのよね」
「え?」
「え、先生も知っていたんですか?」
「ふふ、風の噂でね」


睦月先生も知っている? 何故?
風の噂ってどこから来るのだろうか。怖すぎる。


「私なら誰にも言わないから大丈夫。話しなさい」
情報の経路が分からなくて不安を覚えるが、言わないと逃げられそうにない状況。有紗も睦月先生もこちらを見ている。
「ほら、大丈夫よ。藤原さん」

睦月先生に促され、私はゆっくりと小さく口を開いた。



「…実は昨日の補習で突然 “一度、普通の教師と生徒に戻りましょう” と言われて…」
「はぁ!? それって別れようってこと!?」

有紗は机をダンッと叩いて立ち上がる。睦月先生は目を見開いていた。

「待って、意味わかんない! どうして突然そうなるの!? 昨日早川先生に神崎の話した時、神崎への嫉妬心をあんなに剥き出しにしていたのに!」
「え? 話したの?」
「昨日3限の移動の時の件! 神崎が真帆に付きまとっていたやつを早川に話に行ったの! 補習を一緒にするなってお願いもしていたの! その時は普通だったのに!!!」


そ、そんなこと話していたの!?
そういえば3限終わった後、私を置いて飛び出して行ったっけ。あれ、早川先生のところに行っていたのか…。


「その流れで、何で放課後には別れようってなるの? おかしいじゃん!」

有紗の目にも涙が浮かんでいる。私も昨日一生懸命に止めた涙がまた溢れてきた。

「……早川先生にも、思うことがあったのかもしれないよ?」

口元に笑みを浮かべてそう言う睦月先生。
その表情に少し違和感を覚えた。

「思うことって何よ! 真帆の事を好きだってアプローチしていたのは早川先生の方じゃない!」
「私は早川先生じゃないから知らないわ。けれど、良い選択じゃない? 教師と生徒の恋愛なんて、リスクしかないのだから」
「そうだけど…。早川先生の急な心変わりが理解できないよ。そんなにすぐ変わらないって…」

有紗は脱力して椅子に座った。

「…まぁ、良いの。大丈夫。たった1ヶ月だから、まだ元に戻れる」

強がって笑ってみたけど、涙が溢れて止まらない。

「真帆~……」
有紗は私の横に来て背中をさすってくれた。

「…ふふ」





睦月先生は、そんな私を見ながらずっと微笑んでいた。











その後、2限から普通に授業に参加した。
4限は数学で気が重かったが、来たのは早川先生ではなく伊東だった。

体調不良で休みらしい…。