吾妻くんは女性の質問に、首を少し捻って考えた。

そしてすぐに彼女をまっすぐ見つめ、やっと美麗な微笑みを浮かべて言った。


「いまがいちばん、高校生になれている気がしますよ」


その言葉に、女性はハッとしたように彼を見た。

吾妻くんはやっぱり柔らかい笑みを浮かべていて、それはいつもわたしに向けてくれる表情のひとつだった。


「それなら……本当に、本当に良かったです」


涙ぐむ女性を、彼女の子どもらしき小さな女の子は、心配そうに眺めている。

普通の家族、愛、そして温もり。


すべてわたしにはなかったものたちで、少しだけ、ほんの少しだけ、羨ましかった。



「俺が出て行ってから、父の機嫌が損ねるたび、きっとサキさんには迷惑を掛けていますよね」

「……良いんです、そんなことは。ですが、これだけは知っておいてください、お坊ちゃん。
旦那さまは、心からあなたを愛しているんです」


吾妻くんは、その女性の言葉を曖昧に受け流した。

そして会釈をして去っていく彼女を、目を細めて眺めていた。

その瞳は、孤独の色を映し出していて。



……ねえ、吾妻くんは、何を抱えているの?

そんな言葉は聞けないまま、校外学習は幕を閉じた。