「おーいおーい、駐在さん ちょっとちょっと、、、。」 どっかのおばさんが交番に飛び込んできた。
「何です?」 寝ぼけた目でおばさんを見る。
(どっかで見たこと有るような人やなあ。) そう思っていたらおばさんが、、、。
 「あんた、こんな所で働いてたんかい? 出世しためえ。」だって。
 よくよく聞いてみたら小学校の給食のおばちゃんだった。
「あたしさあ、もう退職しちゃったのよ。 あんたはこれからなんだから頑張りなさいよ。」 おばちゃんはそう言って小遣いをくれた。
 頑張れって言われても事件らしい事件が起きないこの町じゃあ、どう頑張ればいいのかねえ? 誰か教えてよ。

 夕方も5時を過ぎますと母ちゃんが見透かしたように電話を掛けてくる。
「あんた、暇なんやろう? 帰る時に豚肉とジャガイモとピーマンと葱を買って来てよ。」
こんなのはいつものこと。 ママチャリに買い物袋を積んで悠々と帰るのであります。
その頃、同期で警察に入った人たちは警邏隊とか捜査員とかになって勇ましく忙しく駆けずり回っているというのに、、、。
 だってさあ、一方では殺人事件が起きてるし、一方では交通事故が絶えないし、、、。
 それに比べたらこの町は平和だよなあ。
心中すら起きないんだからねえ。

 ここ、交番の部屋の中にも取り合えずホットラインが引かれております。 時々は応援要請らしきお声も掛かるには掛かるんだけど、実際に動いたことは有りません。
そこで棚には小説がたっくさん置いてあるんです 暇な時に読もうと思って。
 いろんな人のいろんなジャンルの小説を取り合えず買っておいたんだ。 でもさあ、溺愛物とか執着愛物なんか読めないなあ。
 そもそもがあんなネチネチした鳥餅みたいな愛情話が好きじゃないから。
それにさあ、御曹司なんて言われてもまったく縁が無いから分からないんだよねえ。 大っ嫌い。
悪役令嬢がどうなろうと焼かれようと関係無いよ。
 だからそんなジャンルの本には一度も目を通さないまま、、、。 売り払ってもいいかって思うくらい。
 この交番には二階が有るんだ。 前はここに住んでたんだって。
だから駐在さんなんだねえ。 俺は住んでないよ。
 一日の仕事が終わると、、、って言っても何をしたんだろう?
 部屋の掃除をしてテレビを見て、昼飯を食っておばちゃんと喋って、母ちゃんに買い物を頼まれた。
うーーーん、たまには仕事がしたいよーーーー。
 交番のドアを締めます。 そしたらね、【ただいま就寝中です。 御用の方は翌日お越しください。】って札を掛けておく。
前からそうなんだって。 変だよなあ。

 ママチャリを漕ぎながらバス通りを疾走する。 取り合えずまだまだ警官の格好で。
警棒を持っていない警察官。 やられたらどうするんだよ?
 大丈夫、親父以外は殴りかかってこないから。(笑)
いつだったかな、本気で殴りかかってきたことが有るんだよ 親父。 スッと交わしたら押し入れに突っ込んで行ったけど。
何やってんだかなあ? 親子でアホみたい。
 でも親父ってさあ、『柔道一直線』な人だから、勝てると思ってたんだねえ。
そりゃあ、子供の頃は背負い投げで飛ばされたことも有るよ。 飛んだついでにガラス棚を壊しちまって母ちゃんにはめっぽう怒られたけどね。
 姉ちゃんはさあ、リカちゃんを持ってきて一人で遊んでる人だった。 キャンプだ、バーベキューだってね。
誕生日が来るといつも買ってもらってたんだよなあ。 羨ましかったよ。
俺なんてさあ、ミニカー一個だったから。 それでも嬉しかったけどね。

 バス通りを走るとスーパーが見えてきます。 母ちゃんが働いているスーパーです。
じゃあ、仕事帰りに買って帰ればいいじゃない。 でもそれが面倒くさいんだって。
歩いて通ってるものだから重たい思いはしたくないのねえ。 分かるわー、その気持ち。
 んでもって、今日も俺が買い物をするのよ。 豚肉だの、ニンジンだのってね。
 んで、ママチャリの籠に入れたら全力疾走だあ。 でも残り100メートル。
なあんだ、疾走しなくてもいいじゃんか。 かっこいい所をみんなに見せたいなあ。
 いつか、調子に乗って万歳したら玄関の前でスッ転んだんだよな。 みっともなかったわ。
 さあさあ、我が家に帰ってきたぞーーー。 母ちゃんがお出迎えだあ。
と思ったら「ご苦労さん。」って言って荷物を持って行っちゃった。 俺って何?
親父はそろそろ定年らしくて続けるか辞めるか悩んでいるらしい。 「あんたからもはっきり言ってやって。」って母ちゃんにはいつも言われる。
「何をさ?」って聞いたら「続けるも辞めるもあんた次第だよ。」ってさ。
悩ませてるだけじゃないか。 悪い母ちゃんだなあ。
 そしたらさあ、「産んでもらって少しは感謝しろ。」だって。 産ませてあげたんだから感謝してよ。
 台所からは今夜もいい匂いがしてます。 匂いだけは超一流なのね 母ちゃんって。
味はそこそこかな、、、まあお気になさらずに食べてくださいな。 そこまで不味くもないんだから。
 食べ終わるとね、「母ちゃん 風呂を沸かすから皿を洗ってなさい。」って命ぜられるのよ 母様は。
うちの風呂ってさあ、未だに新聞紙とか石炭とかを燃やしてるのよ。 古いのが好きなんだって。
親父が死んだら新しい風呂に取り換えるわ。 ガスなんだからね、今の風呂は。
オール電化って手も有るけど、停電したら使えないから困るんだよなあ。
太陽光パネル? そんなんもっての外だよ。
あんな自爆装置みたいなやつを使えるかってんだ。 頭おかしいよ。
原発で十分じゃない。 原発だ原発。
 風呂が沸く頃になると母ちゃんは鼻歌でも歌いながら洗濯した物を抱えてきます。 「ほれ、あんたのパンツ。」だって。
嫁入り前なんですけど、、、。 って誰が嫁に行くんだよ?
俺はお嫁さんを迎えるの。 いつ迎えるんだって?
カラスが鳴いたら考えるよ。 なんてこった。
 夕食を作っているのは母ちゃんです。 いつもいつもありがとう。
え? ありがとうなんてお前が言ったことは無いだろうって?
そんなこと有るか。 俺だってちゃんと言ってるわ。
 今夜も賑やかになりそうだな。 親父は焼酎を飲みながらテレビを見てる。
窓際族なんだもんねえ。 気楽なご身分じゃないですか。
「昔は頑張ったんだぞ。」なんて言うけれど、それっていつの話だよ?
 今夜も台所からはいい匂いがしてます。 腹減ったよーーーーー。
「じゃあ、水でも飲んでなさい。」だって。 冷たいなあ。
 一日が終わって家族団欒。 「あんたもそろそろ結婚しなさいよ。」
母ちゃんはそう言うけれど、相手が居なきゃ出来ませんわねえ。
「相手くらい見付けようと思ったらそこいらに居るじゃないか。」 父さんまでがそう言うので考えてみた。
 隣の家には、、、白い猫を飼っている金歯が可愛い?よしさん。
その隣には立ちんぼをやっと卒業した佐和子おばさん。
 んで、その隣には老眼鏡が手放せなくなった小百合お姉さん。 こんなんばっかりか。
「こんなんって言うけど、みんないい人やないか。」 親父はそう言って酒を飲むのである。
 俺が嫁さんを伴う日は来るのやら?
 8時を過ぎますと誰からともなくお風呂へ直行だあ。 「行くぞ!」って気合十分にドアを開けたら「エッチーーーー!」って母ちゃんに思い切り叫ばれた。
 何が何だか分からなくて前を見たらスッポンポンの母ちゃんが仁王立ちになっていた。 「いつまでドア開けてるのよ?」だって。
そうだよなあ、極楽母ちゃんの素っ裸なんて誰にでも見せられるもんじゃないわ。 ドラえもんが膨らみすぎててねえ。
 そんでもってだなあ、俺が風呂に入れるのはそれから1時間後のことでありました。 早くしろっての。
 だいたいねえ、風呂の中でカラオケの練習なんかやるんじゃないよ。 ただでさえお見事に音痴なんだからさあ。
って、俺も言えた柄じゃないよなあ。 俺の音痴は母譲りなのか?
姉ちゃんは痺れるくらいに甘い声で歌うんだよなあ。 もうさあ、ムラムラが止まらないのよ あの声は。
父ちゃんはどうなんだろう? 聞いたこと無いなあ。