◯フルーツパーラー前(日曜・午後)

繁華街(イメージは新宿か横浜)の街角のフルーツパーラー。店の前には二十人以上の行列ができている。
芽依と比良坂は行列の最後尾に並んでいる。

芽依の服装:きれいな色味のニットにロングスカート、小さな革のショルダーバッグ。髪は下ろしていて、太めの縁&レンズ大きめな伊達メガネをかけている。
比良坂の服装:黒い細身ジャケットにパーカー&クルーネックシャツ、黒いズボン。

比「カップルしか注文できないパフェ?」
比良坂はピンときていない顔で芽依に質問する。
芽依、恥ずかしそうに頷いてスマホ画面を見せる。

画面にはアイスクリームや、イチゴやバナナやチェリー、ハート型のチョコなどが飾られたかわいらしいパフェの写真が表示されている。

芽「これ。このお店の看板メニューなの」
比「『このパフェはカップルの二名さまのみご注文いただけます。※性別は問いません』?」
比良坂、スマホを手に取ってスクロールしながら読み上げる。淡々と、無表情。
芽「有名なパティシエが監修してて、すごくおいしそうで食べてみたかったの。でも彼氏……は、いないし」
口籠もり気味に言う芽依。
比「性別は問わないって書いてあるんだから、友だちと来れば食べられたんじゃないんですか?」
芽「……」
無言で首を横に振る芽依。
芽「これ、注文する時にカップルだって証明しなくちゃいけないの」
比「証明?」
芽「手をつなぐとか、ハグとか、そういうのを店員さんの前でしなくちゃいけなくて。さすがにこの歳で友だちと手をつなぐっていうのも恥ずかしいし、それに……」
※ハグなどのイメージイラスト
比「それに、何ですか?」
芽「こんなにかわいいパフェなんて、私らしくないでしょ? っていうより、パフェ自体が私に似合わないっていうのかな。だから誰も誘えなくて……」
恥ずかしそうに眉を寄せる芽依。
比「なんで? 芽依さんらしくないなんて思わないけど?」
平然と言う比良坂、驚いた顔をする芽依。
芽「だって私、いつも〝可愛げがない〟〝怖い〟〝冷たい〟〝黒が似合う〟みたいな……〝かわいい〟と真逆のイメージだって言われてるって知ってる」
比「それは周りが勝手に言ってるだけですよね。芽依さん自身はかわいいものが好きなんじゃないんですか?部屋もそうだし」
芽「でも……」
比「だからメガネで変装か。バーで飲んだ時にも感じたけど、芽依さんて案外周りの評価を気にしてるんですね」
ため息交じりの比良坂。
比「だいたい、似合わないって言うなら俺の方が似合わないですよね」
真顔の比良坂。
芽依「ブッ」と吹き出す。
芽「たしかに」
笑う芽依。
ホッとしたような優しい目で芽依を見る比良坂。

比「ところでこれ、すごい行列だけど」
※行列の絵
二人の後ろにもどんどん人が増えている。
比「一時間以上待つ感じですか?」
申し訳なさそうに頷く芽依。
比「速められますよ」
芽「え?」
比「この列、速く進められる」

比良坂の目がなんとなく光るような描写。
列の先頭から次々に中へ呼ばれ始める。

芽「何? どういうこと?」
芽(心なしかみんなの動きが速いような? それに声もなんか高いっていうか、まるで早送りしてる動画みたいな……)
比「この店で流れてる時間を速めたから、俺たち以外が速く動く。列が速く進む」
平然と言う比良坂。
芽「え! ダメ! ストップ!」
慌てて彼のジャケットの袖口を掴む芽依。
比「え、何で?」
時間を操るのをやめて不思議そうに聞く比良坂。
芽「こういうのってちゃんと並んで食べた方が、待った時間の分だけおいしく感じられそうじゃない」
比良坂の服を掴んだまま困ったような上目遣いで真剣に訴える芽依。
「フッ」と吹き出す比良坂。
比「芽依さん、それでかわいくないは無理があります」
比良坂の自然な笑顔に思わずキュンとして顔を赤らめる芽依。
芽「かわいくなんてない、けど…申し訳ないけど待つのに付き合ってもらえる?」
照れくさそうに小さな声で言う芽依。
比「全然いいですよ。芽依さんといられるなら何時間でも苦じゃないです」

芽依、小さく「オホン」と咳払い。
芽「ところで……昨日から『芽依さん』って馴れ馴れしいんじゃない? 私たち、ただの会社の先輩と後輩なのに」
比「ただの? 昨日は朝までホテルで——」
芽依、慌てて比良坂の口を手で塞ぐ。
芽「誤解を招く言い方しないで! 何もなかったでしょ」
芽依の態度に比良坂はムッとする。
比「じゃあ帰ろうかな」
行列から抜けるジェスチャーをする比良坂。芽依、焦って服の裾を掴んで止める。
比「名前で呼ばせてもらいますね、芽依先輩」
ニヤッという不敵な笑みで言う比良坂に、芽依はしぶしぶ「どうぞ」と許可する。
比「俺のことも詠って呼んでいいですよ」
芽「呼ばないし、会社ではちゃんと名字で呼んでよね」
比「なんかエロいですね、そういうの。ヒミツの関係って感じで」
不敵な顔でニヤッとする比良坂の腕を、芽依は小さくグーで小突く。

男の声(回想)『会社でも芽依って呼んじゃいそうだな』

芽依の頭にまた過去に言われた言葉が過ぎり、胸がギュッと軋む。

芽「……」
比「芽依さん?」
比良坂に呼ばれてハッとして首を振る芽依。
芽「なんでもない」

●列に並んで一時間以上経過
◯フルーツパーラーの店内

白を基調とした店内の、ファミリーレストランのようなソファ席に向かい合って座る二人。

女性店員「〝パフェドアムール〟をおひとつと、ホットコーヒーとホットティーですね」
店員の服装:パフスリーブ、ハイネックのロング丈のワンピースにフリルのついたワンピース。低い位置でリボンを結んだ一つ結びの髪。(クラシカルな雰囲気)
芽依が「はい」と頷く。

店「では、お二人がカップルであることを証明してください」
芽「あの、手をつなぐとかそのくらいでいいんですよね?」
店「はい。お隣同士で座っていただけますか?」
店員に言われ、芽依は比良坂の隣側の席へと移動する。
芽「手、貸して」
比良坂はしばらく無言で芽依を見る。
芽「どうかした?」
不思議そうにする芽依に、比良坂が口角を上げてニヤッと笑う。
芽依の耳元で囁く。
比「もっとカップルっぽいことしようよ」
芽依を抱き寄せ、そのまま上半身を押し倒すように唇を奪う。
芽「え!? ちょっ……」
※ディープキスの描写、吐息が漏れる。
芽(何考えてるの!? 人前で!)
芽「……ちょっとっ! ダメ!」
芽依、グイッと比良坂を押し退ける。
比「もうおしまいか」
「ちぇっ」と残念そうにつぶやく。
店「ラ、ラブラブですね〜! アイスおひとつサービスしちゃいます!」
顔を赤らめた笑顔の店員。注文を取り終え店の奥に向かって行く。
比「アイスサービスだって。ラッキーだったね」
怒り顔の芽依に対して、悪びれる様子のない比良坂。
芽「知らない人にキスなんか見せて、店員さん引いてたんじゃない? 公然わいせつ罪!」
頬を膨らめる芽依。
比「俺、芽依さんのこと本気で好きなんです」
比良坂はシレッととした顔でそう言って芽依を抱き寄せると、手を握ってまた顔を近づける。
芽「ち、ちょっと! 周りの人が見てるでしょ! からかわないで!」
比良坂の顔を押す芽依。
比「からかってないけど」
本気にされず、つまらなそうにため息をつく比良坂。
芽(ペースに飲まれすぎ……)
ドキドキしてしまう芽依。

●少し時間が経過(15分程度)

向かい合って座っている二人のテーブルに、大きなパフェが置かれている。

芽「かわいいっ!」
パシャパシャとスマホで何枚も写真を撮って画面を眺めてニンマリと笑う芽依。
比「嬉しそうだね」
芽「だって、あきらめてたから。嬉しいに決まってるじゃない」
照れながらも「ふふっ」と微笑む芽衣。
比「素直な方がかわいいよ、芽依さん」
頬杖をついた比良坂が目を細める。
芽「言ったでしょ? かわいいって言われるの、好きじゃないの」
比「そのうち慣れるよ。いいじゃん、プライベートな時くらいは〝かわいい芽依さん〟で」
芽「……慣れた頃には死んでるんじゃない?」
比良坂、芽依の言葉に「ははは」と声を出して笑う。
芽「笑いごとじゃないんですけど……」
眉を八の字にして、スプーンでパフェのアイスをすくう芽依。
芽「どうして副業なんてしてるの?」
パフェを食べながら質問して、比良坂の方を見る芽依。
芽「うちの会社、給料悪くないじゃない? 比良坂くんの営業成績だったら、きっと私よりもらってるよね」
比「芽依さんがいくらもらってるのかは知らないけど、まあそれなりに」
芽「でしょ? 副業なんかしなくたって全然困らないじゃない。比良坂くんだって残業が無いわけじゃないし、休む時間が無いんじゃない? ましてや死神……なんて」
指示棒のようにスプーンを縦に持つ芽依。〝死神〟のワードに若干抵抗を見せる。
比「たしかに副業なんかしなくても困らないけど、金はあって困るものじゃないし、俺だって本業でいろいろ嫌になって落ち込む瞬間もあるんですよ。特殊な世界だからそういうときのマインドの切り替えににちょうどいい」
芽「え? 比良坂くんも落ち込んだりするの? トップ営業マンなのに? 意外」
比「……芽依さんだってあるんじゃないの?」
比良坂、落ち込むことを意外に思われたのが気に入らないような拗ねたような目つきで聞く。
芽「私? まあ……それは」
※芽依の頭の中にはごく最近の出来事が浮かんでいる。(絵には描かない)
そんな芽依を見て小さくため息をつく比良坂。
比「案外福利厚生なんかも充実してるんですよ」
芽「他人の命で商売してるのに?」
比「映画の割引なんかもあるし、家族に対する保証も手厚いし、どういう仕組みかわからないけどどこの宿泊施設でもいつでも予約が取れるし」
芽「普通の会社みたいね。映画の割引なんて」
比「死人が出る数で割引率が変わるんですよ。死についての意識を高めろって理由らしいんですけど、戦争映画なんてほぼタダです」
芽「……嫌な割引」
芽依、パフェを食べながらドン引きする。
比「給料は基本給に成果報酬がプラスになるんで、芽依さんがちゃんと成仏してくれたら俺の給料も上がります」
比良坂、コーヒーを飲みながら平然と言ってニヤッと笑う。
芽「あはは。サイテー……」
乾いた笑いを浮かべる芽依。

芽「比良坂くんは食べないの?」
比「いや、俺は」
芽「甘い物嫌いなの?」
比「そういうわけじゃないけど」
芽「せっかく並んだんだし。はい、あーん」
比「……」
芽依に言われて半ば強制的にパフェを口にする比良坂。
芽(え……)
彼の表情を見た芽依は釘付けになる。
芽「なんか顔赤いけど……」
比「……これはちょっと、不意打ちすぎです」
パフェを食べた比良坂の顔が真っ赤になっている。
今まで見たことがない素直に照れたような表情。
それを見た芽依もなんとなく恥ずかしくなる。無言でパフェの続きを食べる芽依。
芽(……ちょっと、かわいいと思ってしまった。不覚)

◯フルーツパーラーから出て、人通りが少ない場所(街角)

芽「大満足。想像よりずっとおいしかった」
ニコニコとご満悦な感想を言う芽依。
芽「付き合ってくれてありが——え!?」

比良坂の方を見て芽依が言いかけたところで、芽依のブレスレットがボウ……ッと黒く光る。光は一周したところで落ち着く。

芽「これさっきより……」
比良坂が頷く。
ブレスレットは先ほどまでよりも燻みが薄くなっている。
比「芽依さんの未練が一つ解消されたってこと。今回はかなり色が変わった方だと思う。そんなに食べたかったんだ、パフェ」
芽「……」
蒼白して呆然とする芽依。
また一つ死が現実味を帯びてゾクっと背筋を震わせる。
比「こういうことをどんどん繰り返していけば、芽依さんは天国に行けます」
比良坂はあくまでも淡々とした様子で言う。
芽(天国……)
芽「天国って——」
◆芽依モノローグ
どんなところなの——
聞いてみようとして、言葉を飲み込む芽依。真顔に一筋の汗。

◯レイコーポレーション・ミーティングルーム(翌月曜・午前)

壁面全体がガラス張りの大きな窓。会議用のテーブル。
窓の外にはオフィス街のビル群。

芽「どういうことですか!? 私がカノンを外れるって」
※セリフのみ