◯ホテルのベッドの上

比良坂はベッドの上で芽依を押し倒して見下ろしたまま。

(前回ラストシーンの回想)比『俺、府玻さんの死を見届ける死神なんだ』

芽(しにがみ……?)
芽「……」
突飛な発言に似合わない真顔の比良坂に、言葉が出ない芽依。
芽「……はぁ?」
芽依は眉間に深いシワを寄せて、思いっきり怪訝な表情をする。
芽「その冗談、つまらなすぎて突っ込めないんだけど」
比良坂はごく軽く呆気に取られたような顔をする。
比「冗談か。まあそうだよな」
比良坂は芽依を解放すると、ベッドの脇にあった白いバスローブを羽織る。
芽依も先ほどと同じように上半身を起こす。
比「どうしたら信じてくれるかな」

比良坂はベッドサイドのテーブルの花瓶に生けられた、白いバラの花を手に取る。優美さを感じさせる八分咲きの純白の花。
バラの茎の根本を掴む。

比「よく見てて」

白い花びらはみるみるうちに茶色く変色し、一枚また一枚と床の絨毯の上に散っていく。そして次第に茎も萎れて床に落ちた。

その様子に無言で見入っていた芽依。
比「どう? 信じた?」
芽「……手品? すごいね」
感心と不審が入り交じった表情の芽依。(眉間にはシワが寄ったまま)
比「手品じゃない」
比良坂はため息交じりに言う。
比「じゃあもう少し派手なやつ」

芽依が不審な目のまま見ていると、比良坂の白いバスローブが徐々に黒く変わり、濡れた髪がサラッと一瞬で乾く。
気づいたら彼は黒いジャケットに黒いズボン、それに黒いシャツに黒いネクタイ、黒い靴……と、全身真っ黒な服装に変わっている。

芽(……え)
呆気に取られた顔の芽依。
芽「えぇ!?」
驚愕した表情の芽依。
比「手品じゃないってわかりました? ちなみにこれ、死神の正装」
いつもの淡々とした口調と態度で言う比良坂。
芽(信じられない、けど)(目の前で、服装だけとはいえ人間が変身して見せた)
芽「手品じゃないのはなんとなく……理解したような、しないような」
芽(でも……ということは)
芽「え? 私、死? ていうか、は? 死神?」
芽依は理解が追いついていないという表情(軽くパニック)。頭の中が〝?〟に埋め尽くされ、目がぐるぐると回っている。
比「まあそうなるよな」
無表情の比良坂。

比良坂、ジャケットの内ポケットから黒い名刺入れを取り出す。
名刺入れを開けて、中から漆黒のような黒さの名刺を取り出し芽依に差し出す。
ベッドに腰掛ける。
芽依が手にした瞬間、それまで真っ黒だった名刺にポゥッ……っと文字が光って浮かび上がる。

浮かび上がった文字【メメント・モリ株式会社 死神課 比良坂詠】

芽「メメント・モリ株式会社、死神課……?」
芽依がポツリと文字を読み上げる。
芽(ダサい……)
比「ダサくてもマジだから」
芽依の心を読んだような比良坂の言葉に、芽依は目を見開いて胸元を隠すようにバッと腕をクロスさせる。(心を読まれたと思っている)
比「いや、心とかは読めないから。読めなくても顔でわかるから」
比良坂が呆れたような顔で言う。
比「とにかく俺、副業で死神やってるんです」
芽「はあ……」
名刺をジッと見つめる芽依。
芽(なんだか全然よくわからないけど、服が変わるとか字が浮かび上がるとか……信じられないけど、この目で見ちゃったし)
芽「全面的に信じるわけじゃないけど、とりあえず最後まで聞かせてもらおうかな」
観念したようにため息をつきながら言う芽依。

比良坂が真剣な顔で説明を始める。
比「地球上の人口増加と、まあ諸々の事情で死神業界も深刻な人手不足らしくて民間に——」
途中まで言ったところで話を止める、芽依を見る比良坂。
比「そのヤバいやつ見るみたいな表情やめてくれません?」
芽「あ、ごめん。でもこんな話、普通に聞くとか無理だから。気にしないで続けて」
芽(〝死神業界〟なんて真顔で聞けないでしょ)
比良坂は気を取り直して話を続ける。

◆比良坂の解説ナレーション
死神っていうのは、そもそも冥界という天国や地獄がある、この世とは別の世界が管轄する公務員的な仕事で、当然働いているのは人間ではなかったんだけど
昨今の急激な人口増加と争い事や疫病の流行で、もともとの死神だけでは仕事が処理できなくって、民間の企業に業務委託を始めたらしいです。
(小さく補足)ちなみに鎌を持ってフードを被ったガイコツみたいな昔ながらのイメージの姿はもうあまり見かけることはなくて、みんな見た目は人間と変わらない。

芽(映画か漫画かって感じで、頭痛くなってくる……)
芽「だいたい民間企業って何よ。〝死神関係の仕事やりま〜す!〟なんて簡単に始められるわけ?」
比「ああ、なんか神職とか住職とかやってる霊感がある感じの人が冥界からスカウトされて起業するらしいですよ。うちの社長も元神主だし、兼業の人も多いらしい。あとは政府の秘密の組織があって——」
芽「そ、そうなんだ……」
半信半疑な表情の芽依。
比「まあ俺はあくまで普通の会社員て感じっすね」
芽「そんな手品みたいなことができるのに?」
比「これはなんていうか……会社からスマホとかノートパソコンとか支給される感覚? 仕事の道具って感じかな」
芽依はまた「わかるような、わからないような」という顔をする。

芽「比良坂くんの仕事って……?」
芽依の質問に、比良坂は頷いて説明を始める。
比「死神の仕事もいろいろあるんだけど、うちの会社がやってるのは、〝若くて健康なのに死期が来た人〟をちゃんと成仏させるって種類の仕事」
芽「成仏?」
比良坂、また頷く。
比「若くて健康ってことは大抵の場合は自分が死ぬなんて思ってないってことだから、他の人よりこの世に未練が多く残るんです。未練が残ると残留思念とか地縛霊とかそういうのになって成仏できない」
芽(地縛霊……)
芽依の頭の上に、落武者や白い服で黒い長髪の女性など、ベタな霊のイメージが浮かんでいる。
比「俺の仕事は、そういう人が死ぬまでに少しでも思い残すことを減らせるように手伝うことです」
芽「成仏できないと何か困るの?」
比「成仏してくれないと、地上が霊で溢れてしまう。だから最近は法律が変わって、地縛霊になって一定の期間が過ぎると問答無用で専門の業者に回収されて地獄に送られる。悪いことをしていなくても」
芽「なんか怖……」

比「だから、府玻さんのことは俺が責任を持って天国に連れてくから」
比良坂は芽依の手を取って、紳士的に口づける。

芽「え?」
芽依、驚いた顔。

比(芽依の回想)『俺と天国、イキません?』
頭に昨日の朧げな記憶がよみがえる芽依。

芽「じゃあ、あれって……」
比「そう。こういう意味。会社から渡された次の俺の対象者(ターゲット)が府玻さんだったから」
芽(エッチな意味じゃなかったー)
勘違いに気づき、赤面してうな垂れて布団に顔を埋める芽依。
芽(恥ずかしさで死ねる……)
芽(死……?)
芽依がガバッと顔を上げる。思わず身体をビクつかせる比良坂。
芽「待って。その話が本当だとしたら、私もうすぐ死ぬの?」
無言で頷く比良坂。
芽「いつ? なんで?」
比「四か月後。死因は流動的だからまだはっきりしないけど、病気ではないことだけは確か」
現実味のない話を冗談にさせないような真剣な眼差しで芽依を見る比良坂。(芽依の手を取ったまま)
芽「四か月……」
芽(病気じゃないってことは、事故か、事件とか? 話の全部に現実味が無いな)
静かにため息をつく芽依。
芽「それって絶対なの? 比良坂くんの力でなんとかならないの? ……ってもう何この質問」
真剣に聞きながらもまだ受け入れられずに、自分の言葉に恥ずかしくなって頭を抱える芽依。(比良坂の手は無意識に払いのけている)
比「俺の力じゃどうにもならない」
芽「……だから、あんなに『死ぬ前』のことを質問してきたのね」
比良坂は頷くと、また芽依の手を取る。

比「これから四か月、俺がつきっきりで府玻さんの希望を叶えてあげるよ」
芽「は? 何それ」
比「こうして一晩過ごしたわけだし、よろしく」
比良坂は普段は見せないような顔で笑って見せる。芽依はキッと睨む。
芽「語弊のある言い方しないで。私、死ぬこと自体に全然納得してないんだけど? つきっきりってどういうこと?」
比「納得してようがしてまいが府玻さん、俺と契約しちゃったんで」
比良坂はため息をつく。
芽「契約?」
ピンとこない表情の芽依。
比「俺と天国行く? って聞いたら、行くって言った」

比(回想)『俺と天国、イキません?』
芽(回想)『いいよ。行く』

脳裏に昨日の記憶がよみがえる芽依。
芽(たしかに「イエス」って答えてる)
自分自身に呆れる芽依。
芽「で、でもあんなの酔っ払いの口約束じゃない。無効でしょ」
比「府玻さん、酔ってないって言ってましたよ」

芽(回想)『このぐらい全然ヘーキよ。酔ってない』

芽(私のバカ……)
頭を抱えて自己嫌悪する芽依。
比「しっかり覚えてるよな。口約束でも契約は契約だから。よろしく」
比良坂は笑顔で言って、座ったまま握手するように芽依の左手を取る。
芽「え……」
握手をされた芽依の左手首がボウ……ッと一周するように黒く光る。
芽「ちょっと! 何よ、これ」

芽依の手首に燻んだシルバーのブレスレットのようなものがつけられている。アンティーク調の紋様が刻まれ、太さは五ミリ程度と細め。
困惑した表情の芽依。外そうと試みるが、手が通りそうにない。

芽「はずれない……」
比「無理だよ。府玻さん自身にそれははずせない」
芽「何なの?」
眉を寄せて不機嫌さを滲ませる芽依。
比「それが府玻さんの今の未練の色。やり残したことが無くなるたびに燻みが取れていく。それがきれいな銀色になったら、府玻さんが成仏できるくらい未練が無くなったって証になる」
芽(何よそれ……)
芽(信じたくないのに、また現実離れしたものを見せられた)
比「ちなみにそれがついてる間は自殺できなくなります」
芽「え? 自殺?」
物騒な響きに思わずドキッとする芽依。
比「死期を告げると、その瞬間に絶望して自ら命を断とうとする人も結構な割合でいるんですよ」
芽(私、本当に死ぬの……?)
生々しい話に、この現実離れした状況が現実のものだと実感させられ、青ざめる芽依。

◯芽依のマンション(昼)

芽(私、死ぬの?)
先ほどの比良坂との会話が頭にこびりついている芽依。

ホテルを出て、家に帰ってきた芽依。昨日と同じ服装のまま、ボーッとしながらマンションのオートロックを抜け、エレベーターに乗り、玄関のドアに鍵をさそうとしてハッとする。

比「いいところに住んでますね」
芽「ち、ちょっと、どこまでついてくる気!?」
芽依の隣には、昨日と同じ普通のスーツの比良坂が立っている。
比「どこって、家の中までですけど?」
平然と、当たり前のように言う比良坂。
芽「何言ってるの? ダメに決まってるじゃない!」
比「言いましたよね? 『つきっきりで府玻さんの希望を叶えてあげる』って」
芽「は? それってどういう——」
フラッとして、目の前が暗くなる芽依。倒れそうになるところを比良坂が無表情に受け止める。

◯芽依の家の中、芽依の部屋

芽依はベッドでゆっくりと目を覚ます。

比「あ、気がついた」
ビクッと驚く芽依。ベッドサイドで比良坂が椅子に腰掛けている。
芽「えっ!?」
起き上がる芽依。状況が飲み込めない様子。
比「倒れたんですよ、府玻さん。昨日のホテルと同じ」
芽(え……私、今まで倒れたことなんて無いけど。急に二回も?)
不安げな表情になる芽依。
比「あー、これ、うちの会社がやってるんです。対象者(ターゲット)に死期が近いって自覚させるために」
芽「何よそれ、怖すぎる」
比「府玻さんが自覚していけばそのうち無くなります。病気とかじゃないんで安心してください」
芽(病気よりヤバいでしょ……)
芽依、引いた顔をする。
比「かわいらしい部屋ですね」
比良坂の言葉に芽依はまたハッとして蒼白する。

芽依の私室はカーテンが花柄、かわいいぬいぐるみなどが置かれている。
※室内のかわいいもののイラストのコマ

芽「似合わないって言いたいんでしょ?」
ムスッと不機嫌なような、眉は下がっていて困っているような表情の芽依。
比「なんで?」
芽「え?」
比「似合わないなんて思わないけど」
バカにした様子がなくいつも通り、淡々と言う比良坂に、芽依は少しホッとしたのも束の間「いやいや」と首を振る。
芽「比良坂くんて、案外お世辞が上手いのね」
口を尖らせる芽依。
比「お世辞なんかじゃないです」
芽(嘘ばっかり。会社でみんなに「怖い」って言われてること、知ってるんだから)
自分の言葉を信じていない芽依にため息をつく比良坂。
比「まあ信頼関係はゆっくり……ってわけにもいかないけど、焦らず築いていけばいいか。家族になるんだし、これから四か月、隠し事なしでいきましょうね」
芽「は? 家族?」
比「府玻さんが死ぬまでの四か月、俺ここで暮らすんで。よろしくお願いします」
ニッコリとわざとくさく笑って言う比良坂。
芽「はあ!?」