「それでは、私はお先に失礼致します」

居酒屋を出ると、凛は皆に挨拶して回る。

「ええー?凛ちゃん、カラオケ行かないのー?」
「はい、今夜はこれで。次回は行きますから」

戸田がしつこく食い下がるが、凛は笑顔でかわして皆にお辞儀をしてから、足早にその場を去っていく。

(ん?木原と一緒に帰らないのか?)

航は、皆を引き連れて先頭を歩く木原と、反対方向に歩いていく凛の後ろ姿を見比べる。

少しためらってから、くるりと踵を返し、凛のあとを追った。

「ちょっと待って!」

駆け寄って声をかけると、凛は意外そうに航を振り返る。

「河合さん、どうかしましたか?カラオケは?」
「いや、いいんだ。あんまり好きじゃないし」
「98点なのに?」

ツンと拗ねた顔をする凛に、思わず吹き出す。

「なかなかしつこいね、君って」
「河合さんこそ、なかなかの嘘つきです」

ははっ!と笑って、航はタクシーを捕まえる。

「送っていくよ。木原のマンションと同じ方角だし」
「いえ、結構です」
「あ、俺と一緒が嫌なら一人で乗ればいいよ。えーっと、住所は覚えてる?あいつのマンションって確か…」
「いえ、あの。本当に大丈夫です。河合さんはこのタクシーでどうぞ。では失礼します」

凛はお辞儀をすると、そそくさと去ろうとする。

「ねえ、待ってって。まさか電車で帰ろうとしてる?何かあったらあいつにも悪いし、お願いだから送らせて」

そう言って思わず凛の腕を掴むと、凛はグラリと態勢を崩した。

危ない!と慌てて抱き留めると、凛はそのままぐったりと航の胸にもたれかかる。

「え、ちょっと、大丈夫?」

顔を覗き込むと、いつの間にか頬が真っ赤になっていた。

(酔ってる?いや、違う。熱だ!)

額に手を当てて、その熱さに驚く。
航は凛を支えながらタクシーに乗り込んだ。

「どちらへ?」
「えっと…」

運転手に行き先を聞かれて迷い、取り敢えず自分のマンションに向かってもらうことにした。

「大丈夫か?」

シートにもたれて目を閉じている凛は、呼吸も苦しそうで、航の呼びかけにも応えない。

航はスマートフォンを取り出すと、木原の番号にかけた。

何度目かのコールの後、留守番電話に繋がる。
カラオケで着信音にも気づかないのだろう。

(もう、こんな時に!)

苛立ちながら、発信音の後にメッセージを残す。

「木原、これを聞いたらすぐにコールバックしろ。彼女が熱を出した。ひとまず俺のマンションで休ませるからすぐに迎えに来い。いいな?」

早口でまくし立ててからスマートフォンをしまう。

もう一度凛の様子をうかがうと、ますます苦しそうに荒い息を繰り返していた。

航はそっと自分の肩に凛の頭を抱き寄せる。

(無理をさせてしまっていたのか。ごめん)

唇を噛んでグッと拳を握りしめた。