愛沢くんは人の多い昇降口を一旦避けるように、校庭の方向へ向かっているようだった。

(痛い……痛い、痛い……)

 思わず顔をしかめ、唇を噛み締める。

 痛いのは掴まれた手首だけじゃない。
 ひどい頭痛がしていた。

(この痛みは────)

 前にも何度か味わったことがある。

 ────なくした記憶は頭の奥底の方に沈み、上から(ろう)で固められているみたいだった。

 それが蘇ろうとすると蝋に亀裂(きれつ)が入って、ずきずき割れるように痛くなる。



 おもむろに愛沢くんが足を止めた。
 校庭横に敷かれた、校門まで続く舗装(ほそう)された通路の端で。

「お前さ、どういうつもり?」

 きぃん、と耳鳴りがして彼の声が霞む。

「勝手に早退して、しかもずっと返信しないで。放課後、家行ったけどいねぇし」

 小さく震える手を額に当てる。
 そうしてどうにか痛みをこらえようとした。

 血の気が引いて震えるほど寒く感じられる。
 落ち着かない呼吸を繰り返す、自分の荒い息遣いを聞いた。

「……おい、どうしたんだよ?」

 尋常ではない様子に気づいてさすがに案じてくれたのか、愛沢くんが怪訝(けげん)そうな顔をする。

 なおも一方的にわたしを責め続ける身勝手さは持ち合わせていないみたいだ。

「頭痛い……。バット、が……」

「バット?」

 ぐらぐらと目の前が揺れていた。
 自分でも何を口走っているのか定かではなかった。

 ますます(いぶか)しむように眉を寄せた愛沢くんが、一拍置いて辺りを見回す。

「……あ、そういえば消えてるな」

「え?」

「金属バット。いつもあの辺にあった」

 校庭の隅の方を親指で指し示す。

 じわじわと霧が晴れていくみたいに、頭痛が消えていく。
 締めつけていた痛みがみるみるほどけていく。

「そうなの……?」

「うん。けど、それが何だよ?」

 わたしは目を伏せた。

 殴られた瞬間の記憶と星野くんの家で見た金属バットの存在が蘇ってくる。

「わたしの頭を殴ったのは……響也くんかもしれない」

 その言葉にはっとした愛沢くんが、わたしの両肩を掴んだ。
 視線を合わせるように少し屈む。

「“かも”じゃなくてそうなんだって」

 言い聞かせるような口調だった。
 彼の中ではそれだけが真実なのだ。

「てか、何で今になってそんなこと思ったんだよ」