────うっすらと目を開ける。
 白い天井が見えた。

 そのうちだんだんと身体に感覚が戻り始め、ふかふかの柔らかいところに寝ていることに気が付く。

「おはよう」

 声をかけられてはっとする。横を向くとベッドの傍らに星野くんがいた。
 わたしの左手を愛しげに包み込んで握り締めている。

「目覚めのキスはいらなかった?」

 なんておどける彼の微笑にぞくりと凍える背筋。

「……っ!」

 自分の身に起きたことを思い出し、慌てて起き上がろうとした。

 だけど、ふわふわする頭と目眩(めまい)(はば)まれる。

「だめだよ、いきなり動いちゃ。気分悪くなっちゃうからね」

 そう言う星野くんに支えられながら上体を起こした。
 ベッドの上に座る形になる。

「……何、したの?」

「んー? きみをちょっと眠らせただけだよ。紅茶、美味しかったでしょ」

 どきりとした。舌の奥の方が苦くなる。

 わたしが愛沢くんにしたことを思い出した。()しくも同じ目に遭わされたわけだ。

「何のつもり……?」

 膨らむ警戒心で声色が(とが)る。
 一方で彼はいっそう笑みを深めた。

「外の世界は危ないから、これからは僕とここで暮らそう?」

 わたしにそう問われることは予想通りだったのか、あらかじめ用意していたみたいに澱みない返答だった。

 思わぬ言葉ではあったけれど、敵意や悪意は感じられない。

「そ、それは無理だよ。こんなの犯罪みたいだし……」

「どうして? こころは自分の足でここへ来たし、今だって縛られてるわけでもないのに」

 つまり、逃げる余裕があったのにそうしなかったわたしは完全な“被害者”とは言えない、という主張だ。

「犯罪なわけないでしょ? 恋人同士が一緒に住むだけなんだから」

 うっとりとそう言ってのけると、自身の頬にわたしの手をすり寄せる。

(だめだ……)

 普通に訴えても通じない。
 急速に危機感が沸き立ち、焦った。

「で、でもきっと迷惑だよ。響也くんのお父さんとかお母さんにも……」

 彼の両親が帰ってきたら助けてもらう。それしかない。
 そんなことを密かに考えていたけれど、星野くんに(ひる)んだ様子はなかった。

「無駄だよ」

「え」

「ここには僕たち以外誰もいないし、誰も来ないから」

 わたしの思惑はとうに看破されていた。
 ますます焦ったものの、彼が増長することはなかった。
 その表情に暗い影がさす。

「僕の両親もこころと同じ。……もうこの世にいないんだ」

 息を呑む。鉛のように心臓が重たく打つ。
 まったく知らなかった。いや、きっと忘れていた。

「だけど、だからこそ僕たちは親しくなったんだよ。同じ境遇(きょうぐう)にあるって分かったから」

 星野くんにいつもと変わらない微笑みを向けられる。

 きっと彼にとってはもう“辛い過去”じゃないんだ。
 わたしと仲を深めた“きっかけ”とでも受け止めているのだろう。