気づけば口をついてこぼれていた。

「え……」

 はたと星野くんの動きが止まる。
 そっとわたしを離し、窺うようにじっと見つめてくる。

 驚きを隠せていない眼差しには、推し量るような気配もあった。

「あ……ごめんね、急に。何か、前にもこんなふうに聞いたことある気がしたんだけど」

 今になって蘇ってくる。
 屋上で星野くんが教えてくれた、以前のわたしのこと。

『誰かに好かれたい、愛されたい、って気持ちが強くて。だから僕といてもすぐ不安になって……。何度も聞かれたよ、わたしが好きかって』

 今思わずそう聞いてしまったのは、きっとそんな以前のわたしと同じ不安を覚えたからだろう。

 いつだって惜しみない想いと優しさを向けてくれる彼だけれど、同時にどこか(はかな)く切なげな色が滲んでいて。

「……うん。こころにそう聞かれるたび、僕はこうしてたんだ」

 やっぱり、それは思った通りだった。
 わたしを抱き締めながら、何度でも“好き”だと伝えてくれたのだろう。

 ふと身体から力が抜け、ぼんやりと星野くんを眺めた。

 紅茶の味やほんのり甘いにおい、心地いい彼の想いに、酔って溶けてしまいそう。



「…………」

 やわく微笑んでいた星野くんが、不意に表情を歪めた。
 眉を寄せて目を伏せる。白い頬に睫毛の影が落ちた。

「こころが……こころのためになると思ったから……こころの幸せだと思ったから……僕は、そのために────」

 消え入りそうなほど小さな声で悔いるように呟く。

 わたしに言っているというより、ただ自らを(かえり)みているみたいだった。

「なに……? 何の話?」

 さすがに(いぶか)しんで聞き返す。

 だけど、相変わらず意識は何だか(かすみ)がかかったまま。
 悪い魔法にかけられたみたい。そんな場合じゃないのに。

「でも、間違ってた。それじゃだめだったんだ。このままじゃこころは幸せになれない」

 星野くんはわたしの問いに答えることなく、言いたいことだけを一方的に告げる。

「……?」

 わけも分からず戸惑っているうちに目眩(めまい)がした。
 それを皮切(かわき)りに一気に瞬きが重くなる。

(あ、れ? 何か……すごく眠たい────)

 ますます身体に力が入らなくなって、気付いたらわたしはもたれかかるようにして彼の腕の中にいた。

「もう大丈夫だよ、こころ。これからは僕が守ってあげるからね」

 そんな星野くんの声は、直接頭の中に響いてくるようだった。

 耐えがたい眠気に負けて目を閉じる。
 わたしの意識はそこで途切れた。