平日の午前中。本来なら授業を受けている時間帯のはずなのに。
制服姿ではあるけれど、登校するつもりはないのか荷物を持っていない。
「大丈夫なのか?」
「う、うん。何とか」
これまでのことが分からないから、どう接するべきか迷ってしまう。
それはふたりともに同じことが言えた。
「そっか。……あのさ、ちょっと話があって」
星野くんと同じように、彼もまたそんなふうに切り出した。
もしかして、この人も何かを知っている?
不自然な怪我についてではなくても、わたしのなくした記憶については知っていることがあるにちがいない。
恋人だと主張するのなら。
(ちょっと怖い……)
自ずと警戒心が膨らんでいく。
先に星野くんと話をして、彼が嘘をついているようには見えなくて。
どちらかが嘘つきだと仮定するなら、自ずとそうなってしまう。
もちろん、先に話したのが彼の方だったら、またちがう感情や印象を抱いていた可能性はあるけれど。
何となく距離感が掴めなくて、わたしは口をつぐんでいた。
「おまえさ、記憶喪失なのか?」
こちらから切り出そうと思っていたけれど先を越された。
昨日のわたしの態度からそう推測したらしい。
当然の結論だった。
彼に対しては“誰ですか”なんて直接尋ねてしまったから。
「うん……」
「俺のことは?」
「……ごめんなさい」
彼にしても星野くんにしても、映画やドラマみたいに都合よくはいかなかった。
すべてを忘れていても、会った瞬間に働く第六感とか愛の力、なんてものはまやかしみたい。
また、悲しい顔をさせてしまう。
そう思ったものの、彼は意外にも表情を変えなかった。
険しい顔をしたまま黙っている。
それでもやっぱり、星野くんと同じようにわたしの目をじっと見つめてきた。
何かを見極めるかのごとく鋭いながら、動揺の色が濃く滲んでいる。
「そうか……」
ため息混じりに呟く。
あらゆる感情を押し殺しているのが見て取れた。
一見冷静だけれど、きっと見かけほど心にゆとりはない。
「じゃあ、改めて言っとくな。俺は愛沢隼人。おまえとは去年から付き合ってる」
先ほどまでとはちがった眼差しだった。
わたしの抱く不信感や戸惑いをすべて受け止め、その上で包み込んでくれているような深い色。
(昨日もそう言ってたけど……)
彼、愛沢くんもまた確かに嘘をついているようには見えない。
あまりに真剣な瞳は一切揺らがなくて。



