星野くんが踏み込んで、わたしの頬に手を添えた。
その優しくて甘い眼差しに捉えられる。
「ねぇ、こころ。好きだよ」
どき、と一度大きく跳ねた心臓は、そのあと加速の一途をたどっていく。
“恋人”だと言われた以上、想い自体は前提となっていたはずだった。
だけど、こうしてはっきり言葉にされると重みが変わった。
他人事じゃなく、ちゃんとわたしの話なんだ。
そんな実感が湧いてくる。
「こころのためなら何でもできるって言ったのも本心だから。きみには誰より幸せでいて欲しいと思ってる」
「星野、くん……」
「そのためだったら、僕はこころの王子になんてなれなくてもいい。道化師でいい……」
声に切なげな色が混ざった。溶けていく雪の結晶みたい。
その想いに飲み込まれてしまう前に、窺うように見つめる。
「どういう、意味?」
訝しげに尋ねても、彼はただ愛しむように柔らかく微笑むだけ。
「もう戻った方がいい。鐘が鳴るよ」
やんわりとした拒絶だった。
踏み込んで欲しくない一定のラインがある。
その向こう側には、彼の隠している何かが潜んでいる。
「……分かった」
そう答える以外になくて、渋々ながらきびすを返した。
大人しく引き下がったわたしの背中に、ふいに声がかけられる。
「ごめんね」
階段を駆け下りていった。
一段下りるごとに熱が冷めて、世界が褪せていくような気がする。
魔法が解けて、夢の終わりに近づいているみたい。
愛沢くんと顔を合わせることを思うと、気が重くなる。
自然と顔色を窺うのが癖になって、落ち着かない時間を過ごすことを強いられて。
(わたし、何のために愛沢くんといるんだろう)
────教室に戻ると、彼はわたしの机に頬杖をついたままぼんやりしていた。
ひっそり呼吸を整えながら近づく。
窓の外に向いていた彼の目がこちらに向く。
「遅かったな。ふらふらしてんなよ」
「……ごめん」
「それとも、まさか俺の目盗んであいつと会ったりしてねぇよな?」
思わず愛沢くんを見つめた。
驚いたりおののいたりするより、呆れてうんざりしてしまう。
『こころのためなら何でもできるって言ったのも本心だから。きみには誰より幸せでいて欲しいと思ってる』
星野くんが真正面から伝えてくれた思いの丈。
信じていいのかは分からないけれど、不安定な心に優しく響いたのは確かだった。
(でも、愛沢くんは……?)



