とんでもないことに思い至り、一気に()え渡った。
 全身を動揺が駆け巡り、目の前が揺らぐ。

 記憶喪失。
 咄嗟にそんな言葉が過ぎり、ますます混乱してしまう。

 理解が追いつかないでいるうちに、ガララ、と病室の扉が開けられた。

「……こころ」

 病室にいた彼と同じ制服に身を包んだ男の子だ。
 驚いたように目を見張ったあと、くしゃりと顔を歪ませる。

「無事でよかった」

 こちらへ歩んでこようとするのを、病室にいた彼が制する。

「ちょっと待てよ。何しに来た?」

「それはこっちのセリフ。どうしてきみがここにいるの?」

「当たり前だろ、俺はこころの彼氏なんだから」

 至極(しごく)当然といった様子で答える。
 わたしは顔を上げた。

(そうなの?)

 彼をじっと見つめてしまうが、まったくもって思い出せない。

「何言ってるの? こころの恋人は僕だよ」

 つい「えっ」と声を上げてしまった。
 困惑したままふたりを見比べる。

(どういうこと……?)

 ふたりともがわたしの恋人だというの?
 恋人がふたり? そんなわけがない。

 どうなっているのだろう。

 すっかり混乱して、わたしだけが現実から置いてけぼりにされてしまう。



 そのとき、病室の扉がノックされた。
 反射的に「はい」と答えると、白衣をまとった先生が現れる。

「意識が戻りましたか、よかった」

 メガネの奥の双眸(そうぼう)を和らげた先生は、それから困惑顔のわたしと彼らをそれぞれ見やった。

「あなた方はどういうご関係で?」

「こころとは付き合ってます。そいつは何なのか知らねぇけど」

「だからそれは────」

 再び(らち)の明かない言い合いが始まりそうだったが、その前に先生がわたしに向き直った。

灰谷(はいたに)さん、本当ですか?」

「えっと……」

 促されるままにもう一度ふたりを見上げる。
 そのどちらもやはり知らない顔だ。

 それぞれの真剣な眼差しが突き刺さり、萎縮(いしゅく)してしまって俯いた。

「……わたし、覚えてなくて」