ふたりともがわたしの恋人だというの?
 恋人がふたりなんて、そんなわけがない。

 どうなっているんだろう。
 そもそも、わたしはふたりのことを知らないというのに。

 すっかり混乱してしまい、わたしだけが現実から置いてけぼりにされてしまう。

 そのとき、病室の扉がノックされた。
 反射的に「はい」と答えると、白衣をまとった先生が現れる。

「意識が戻りましたか、よかった」

 メガネの奥の双眸(そうぼう)を和らげた先生は、それから困惑顔のわたしと彼らをそれぞれ見やった。

「あなた方はどういうご関係で?」

「こころとは付き合ってます。そいつは何なのか知らねぇけど」

「だから、それは────」

 再び(らち)の明かない言い合いが始まりそうだったけれど、その前に先生がわたしに向き直った。

灰谷(はいたに)さん、本当ですか?」

「えっと……」

 促されるままにもう一度ふたりを見上げる。
 そのどちらもやっぱり知らない顔。

 それぞれの真剣な眼差しが突き刺さり、萎縮(いしゅく)してしまって俯いた。

「……わたし、覚えてなくて」

 ぎゅ、と布団を握り締める。
 落とした視線の先に自分の腕が見えた。

(怪我……?)

 医療用の白い絆創膏が貼ってある。
 それ以外にも痛々しい(あざ)や擦り傷があちこちに刻まれていた。

(何これ)

 そうですか、と短く答えた先生の声で我に返る。

「一度、検査しましょう。すみませんが、今日のところはおふたりともご退室願えますか」



 CT検査などを経て病室へ戻ってくると、先生は真面目な顔つきでわたしに向き直った。

「落ち着いて聞いてくださいね。灰谷さんはいま、記憶障害に陥ってるようです」

「記憶……?」

「ええ、頭部外傷による逆行性健忘(ぎゃっこうせいけんぼう)という状態にあります。いわゆる記憶喪失」

 現実感のない言葉の数々は、どこか他人事のように感じられた。
 それでも、落ちてきた衝撃は計り知れない。

「ちょっと待ってください……。でもわたし、覚えてます。自分の名前とか、今日の日付とか」

「過去すべての記憶を失っているわけではなく、一部の記憶が抜け落ちているようですね。今日は何月何日ですか?」

「今日は……4月8日」

 黒板に書かれたその日付に見覚えもあるし、ノートに書いた記憶もある。

「カレンダー見てみてください」

 言われるがまま、スマホのカレンダーを開いてみる。
 今日は確かに4月8日────だけど。

「あれ?」