思いきって尋ねると、推し量るように見据える。
『僕も過去の話はしないよ。きみを追い詰めたくないから』
ちゃんと、正直に答えて欲しい。
その言葉が予防線ではないと証明して欲しい。
彼自身がわたしの本物の恋人だと主張するのなら。
「それ、は────」
一瞬、視線を彷徨わせた。
何かを迷うように言葉を切って前を向くと、その強張った横顔に影がさす。
いったい、どんな躊躇や葛藤に邪魔されているんだろう。
「いまからする話、信じてくれる?」
病室で聞いたときのように、逃げることはしないと決めたようだ。
少なくともその誠実さは本物みたい。
「……うん、信じる」
わたしは頷き、嘘をついた。
そう言わないと、話もしてくれなくなるかもしれなかったから。
星野くんはベンチに腰を下ろすと、とん、と隣を示した。
促されるままにわたしも座る。
「こころはね、もともと愛沢と付き合ってたんだ」
意外な言葉に驚いて「え」とこぼれた声は掠れた。
彼は険しい表情で続ける。
「もしかしたらもう薄々感じてるかもしれないけど、あいつ……ひどい暴力彼氏だったんだよ」
「暴力……」
「僕はずっとその相談に乗ってて。……大変だったけど、何とかあいつと別れられたこころは、そのあと僕と付き合うようになった」
全身に残っているという不可解な痣や傷跡が疼いたような気がした。
「だけど、別れてからもあいつ、ずっとこころに執着してて」
────ふたりのうちどちらかは本物の恋人で、どちらかは偽物。
それなら後者の正体はきっと、ストーカーと化した元彼なんだ。
“偽物”が嘘をついてわたしを騙そうとしている理由に見当がついた。
不安が膨らんで肌が粟立つ。
(記憶がないことも、記憶そのものも利用されかねない)
たとえば思い出話をされて、わたしがそれを思い出せたとしても、それだけじゃ本物だって証拠にはならないんだ。
あの愛沢くんとの記憶だってそう。
一度うつむいた彼はきつく唇を噛み、それから顔を上げた。
その瞳はわたしの額の怪我を捉えている。
「たぶん、それはあいつにやられたんだと思う」
「え……」
「あの日、きみは僕のところに逃げてきて“助けて”って。頭から血を流して、そのまま意識を失って────」
星野くんはそれ以上、言葉を紡ごうとはしなかった。
綺麗な顔にさした影はさっきよりも濃くなっている。
(本当なの……?)



