「そう、なの?」

 たった今初めて聞いた、みたいなリアクションをしてみせる。

 隼人は毅然(きぜん)と頷き返した。
 そうしてから悲しげに目を伏せる。

「やっぱ覚えてないんだ。マジか、そっかぁ……」

 呟いた声は嘆くような調子だった。
 それを隠そうともしていない。

 わたしへの復讐計画がまたいちからやり直しになったことが、面倒で手間だと思っているのだろう。

 でも、そうではなくて、恋人にその事実をまるごと忘れ去られたことを悲しんでいるようにも見える。

 だからわざわざ(つくろ)ったりしないんだ。
 ただ、それだけ。
 慎重に真意を見極めていかなくちゃ。

「ごめんね」

「いや、こころは悪くない。お前を責めてるわけじゃないんだよ」

 机に置かれた彼の手が拳を作る。
 骨の部分の色が変わり、力が込められたのが分かった。

 苛立っている?
 やるせない?

 いずれにしても不安が高まる。
 わたしは身を強張らせながら、ひやひやしたまま動向を見守った。

 そのうち、ふっと隼人が力を抜く。

「……そうだ、星野とはもう話した?」

 何気なく聞かれ、一拍遅れて心臓が跳ねた。

「えっと、ううん。星野くん? のことはあんまり覚えてなくて」

 咄嗟に嘘をついておく。
 彼とのことを勘繰(かんぐ)られると何かと都合が悪いと判断した。

 わたしの言葉を聞いた隼人は、ふ、と息をこぼすように笑う。

「……へぇ。それはよかった」

 あまりに冷ややかな、それでいて満足そうな表情。
 ぞくりと背筋が冷えた。

「どうして……?」

「決まってんじゃん。お前が振り回されないで済む」

 即答だった。
 そう言われるとは思わなかった。

「昼休みにまた話そう。お前が忘れてること教えてやる」

「あの……学食でもいい?」

 教室でも人目は充分だと思うけれど、それでは響也くんが近づけない。
 その点、学食なら人混みに紛れ込むことが出来る。

 “隙”を作らないようにしないといけない。
 それに、響也くんとは協力すると決めた。その力を借りない手はない。

「別にいいけど。珍しいな」

 たまには、と答えかけて慌てて飲み込む。
 記憶が曖昧であることにしておくために、笑って誤魔化すに(とど)めておいた。

「じゃあ俺、そろそろ戻るな」

 そう言って隼人が立ち上がる。
 少しだけ緊張の糸が緩んだ。

「あ、そうだ」

「なに……?」

「もしかしたらあいつが接触してくるかもしんないけど、まともに相手すんなよ。あいつはお前をたぶらかそうとしてるだけだから」