チャイムが鳴るぎりぎり直前にそれぞれ教室へ戻った。

 つつがなく授業を終えた次の休み時間、今度は隼人がわたしのもとへ来る。

 その姿を目にしただけで、心臓を鷲掴(わしづか)みにされたような気分になった。
 全身に緊張が走り、どうしても身構えてしまう。

「来てたんだな」

 わたしの落ち着かない心情など知るよしもない彼は、例によって小鳥ちゃんの席を借りて座った。

「あ、うん。えっと……」

 恐怖心を押し込め、困惑するふりをして見返す。
 響也くんと話し合った通り、再び記憶を失ったと思わせなければ。

 眉を下げて窺うように見やれば、それだけで察するものがあったようだ。
 はっと目が見張られる。

「まさかお前、また記憶が……?」

 想定外だと言わんばかりに、控えめに尋ねられる。
 わたしが否定するのを待っているような眼差しだ。
 だけど、そうはしないで頷いた。

「……うん。でも、ぜんぶじゃない」

「どこからどこまで?」

「隼人のことは何となく」

「何となく……」

 (すが)るようにこちら見つめていた彼は、わたしの言葉を小さく繰り返す。
 ショックを隠しきれていないのが見て取れた。

「……で、怪我は? 身体は何ともねぇの?」

「それは……。うん、何とか」

 曖昧(あいまい)な笑みを浮かべて明言を避ける。

 彼の前では何ごとも曖昧にしておけばいい。
 その方がぼろを出すリスクを低められる。

「そっか。……よかった」

 隼人は安堵したように息をつき、しみじみと呟いた。
 その反応が意外で素直に驚いてしまう。

 自分でやっておいて、なんて演技がうまいのだろう。
 本気で心配しているみたいな顔をして。

(本当は殺し損ねて残念がってるくせに……)

 そういう本心をとことん器用に隠している。

「なあ」

 怪訝(けげん)な目で見つめてしまうと、不意に呼びかけられた。
 ぎくりとしたけれど、彼が何かに気付いた様子はない。

「どこまで覚えてんのかよく分かんないから、改めて言っとくけど……俺はお前と付き合ってる」

 やはりと言うべきか、隼人はそう主張した。

 だけど、嘘をついているわけじゃない。
 今回に関しては、それは紛れもない事実だ。

 ここから矛盾や(ほころ)びを引き出せれば、本当は記憶があることを明かして問い詰められる。
 彼と決別する機会を作れる。