ぼんやりと何かの音が聞こえる。

 水の中にいるみたいにくぐもって遠かったのが、だんだんはっきりと大きくなっていく。

「……が、……だろ」

「そ……ない。きみが……」

 音が声だと分かると、その声を言葉として認識出来た。

 だんだんと意識がはっきりしてくる。

 その明瞭化(めいりょうか)に伴って、ほうけていた五感が我を取り戻した。
 うっすらと目を開ける。

 見覚えのある白い天井が見えた。
 耳に割り込んでくるのは口論するような声。
 つん、と消毒のような特有のにおいが鼻につく。

「痛……」

 起き上がろうとしたとき、身体のあちこちが痛んで(はば)まれた。
 思わず呟くと、ふたりの声が止む。

「こころ」

「大丈夫?」

 慌ててこちらを覗き込む、心配そうな表情。

 隼人に響也くん……彼らをそれぞれ見やり、そっと起き上がり直す。

「……大丈夫」

 わたしはその視線から逃れるように顔を逸らし、端的(たんてき)に答えた。

 内心怖くてたまらないけれど、それを悟られないよう必死で平静を装う。

 ────わたしはまた、歩道橋から突き落とされた。
 恐らくふたりのうちどちらかの仕業なのだと思う。

(どっちが……? 何で?)

 どうして再びこんなことになったのか、頭が混乱していた。

 だけど、隙を見せるわけにはいかない。
 やっぱりどちらも信用出来ないのだ。

 そのとき、病室の扉がノックされた。
 応じるとスライドし、白衣をまとった先生が現れる。

 以前、ここで目を覚ましたときと同じ、メガネをかけた真面目で優しそうな先生。
 けれど今は(いぶか)しんでいるような気配がある。

「灰谷さん」

「はい……」

「大丈夫ですか? 何があったんです?」

 露骨(ろこつ)に眉をひそめられる。
 立て続けにこんなことがあっては、不審がられるのも当たり前だと思う。

「あ、その────」

 わたしも返答に困った。
 何があったのか、一番知りたいのはわたしだ。

 ちら、と思わずふたりの方に目をやってから口を開く。

「足を滑らせて落ちちゃって。気付いたらこんなことに……」

 当たり障りのない嘘をついておく。
 彼らの前で事実を口にする勇気はなかった。

「そうですか……。実はですね、この間と同じ状態だったんですよ」

 先生いわく、わたしは歩道橋の階段下に倒れていたらしい。
 今回は自分でも何となく覚えている。

 通報が入って救急車で駆けつけたところ、以前と同様に通報者の姿は既になかったようだ。

 偶然だろうか?
 何だか不自然な気がする。