二人は、恋におちた。
それはとても、ありふれた出逢いで、全くドラマチックとも言えない。
運命だなんて、そんなことは特に考えていないけれど、
「この人だ」
そう思う瞬間は、そんなありふれた日常の中にある。
私は、最近転職したばかりだ。
都内の大手企業の一般職から、田舎にある市の動物園の受付に。
周りからは、
「どうかしてるよ、もったいない!」
そう言われたけれど、前職では、耐えて耐えて、我慢の限界での転職だった。
私は「大手企業社員のお嫁さん候補」なんて御免だ。
女同士もギスギスしていれば、男たちも品定めするように見てくる。
私は、特にモテる訳でもなかったが、それなりに声はかかる…要するにごく平凡といったところだったと思う。
職場で人気のイケメン上司が、何故か私をデートに誘い、2回デートした結果、
「いくら人気でも、この人は、ないな…」
私はそう思い、3回目のデートを断ってしまったことが、地獄の始まりだった。
デートした上司は、平凡な女にフラれて、ブライドが許さなかったのだろう。
その人には、根も葉もない噂を流され、同性からの虐めも始まり、それはエスカレートする一方。
子供の虐めも卑劣だが、大人の虐めもまた悪質だ。
もともと、お嫁さん候補になることなんて望んではいなかった…むしろイヤだったのだから、辞めることに何の未練もなかった。
一方、田舎だからかもしれないが、動物園の受付は、時間がのんびりと過ぎる感じがする。
休日こそ、それなりに混むけれど、平日は人なんて殆ど来ない。
幸い、受付の先輩もいい人なので、今は安心して働いている。
ある日、客として平日の動物園を一人でブラブラしていたら、飼育員のお兄さんに、
「今日はお客さんなんですね」
笑顔で話しかけられた。
彼こそが、のちに恋人になる、あっちゃんだ。
初めて言葉を交わしてから、まだ間もない頃、彼は遠慮がちだったけれど、話しているうちに、この仕事が本当に好きなんだなという熱意が伝わってきて、私は彼に興味を持った。
興味を持ったからこそ、私からも距離を縮めようとしたわけである。
私が、大手企業を辞めた話をしても、他の人のように勿体ないのなんのとは一切言わずに、
「いま、安心して楽しく働けているなら、いいじゃない」
ごく自然にそう言われた。
彼は、自分の仕事に矜持はあれど、男の沽券に関わるだなんだという、妙なプライドは持っていない、温厚な人だということも判る。
だから、私のことをリスペクトしてくれても、学歴のことで僻んだり妬んだり、ましてやマウントを取ろうなど、そんなことは一切ない。
あっちゃんと付き合い始めるまで、1年ほど友達で居た。
まだ友達だった頃、
「僕は、本気で将来を考えられる相手としか付き合う気はないんだ」
あっちゃんはそう言っていた。
私も、恋多き女になりたい訳ではないし、遊び慣れた男にも興味がないので、こういう古風な人は好みだ。
「結婚してから他の人と恋愛すると、不倫になっちゃうけど…男の人って、多くの人と付き合いたいみたいな願望はないの?」
さりげなく尋ねると、
「他の人はわからないけど、少なくとも僕は全くないね。本気で好きな相手が見つかれば、一生、その一人だけでいい」
そうなると、私なんかでは、彼の一生に一度、たった一人だけの恋人になるのはムリかもしれないな…と、残念に思った。
ところが…。
唐突に告白されたのは、ドライブ先の、誰もいない夜の浜辺。
「やっと、添い遂げたい相手に出会えたと思ってる。だから…るぅの気持ちを聞かせて?」
意外な気もしたけれど、
「私でよければ、是非」
そう言って微笑むと、あっちゃんは、心から喜んでくれた。
気ままな私は、束縛を嫌う傾向がある。
特に意味のない電話やメールなどは、あまりしたくないタイプだ。
あっちゃんは電話をくれる時に、
「いま、時間大丈夫?」
まず最初に尋ねてくれる。
私は、心許した相手にだけは饒舌になってしまうタイプなのだが、あっちゃんは聞き上手だ。
「いつも、自分のことばかり話してゴメンね…」
つい、喋りすぎて謝っても、気にも留めないで、
「単に、るぅの声が聞きたかっただけだから、いいんだよ」
そんな風に笑い飛ばす。
逆に、疲れていたり、体調がよくなくても、あっちゃんは私にとって大切な人だから、つい大丈夫だと答えてしまうことがある。
しかし、あっちゃんは私の声のトーンや口調ですぐ気付くようで、そんな時には3分もせずに、
「またね。ゆっくり休んで」
そう言って電話を切るので、早く元気になって、もっと話したいし、逢いたいと思う。
おまけに、何も言わずに私の部屋の前に食べ物や栄養ドリンクを置いていってくれて、そのあとでメールが届き、
「玄関の外、見て。早く元気になーれ。返信不要」
優しい人だな…と、改めて思う。
私は割とドライなのに、特に意味のない会話をしたいと思うのは、あっちゃんのことが好きという証拠だと、今更ながら知る。
かつて、友達からは、
「るぅは甘え下手だよね。結構フェミ入ってるし、男の人から見たら、可愛くないって思われちゃうよ」
そう言われたぐらいなので、一時は、あっちゃんも私のことを可愛くないと思っているかもしれないと不安になったこともある。
「なかなか自分って変えられないよね…。こんな可愛くない女でも、好きでいてくれる?」
そう尋ねたときに、
「僕のために自分を変えようとする必要はないよ。こっちは、性格も知った上で好きになったんだから。もし、るぅが本当に間違っているときにはハッキリ言うけど、少なくとも、これまでにそう思ったことはないな」
要は、あるがままの私を受け入れてくれているということだろう。
付き合って1年が過ぎ、お互い、普段はとても自然体で居られるのに、手を繋ぐのがやっとという、とても社会人同士とは思えない関係でいた。
だから、私のほうからそっと口付けると、かなり驚いていたので、少し不安になり、
「もしかして、引いた…?」
そう尋ねると、照れたように笑いながら、
「そんなわけないじゃん」
と言われたから、とりあえず安堵。
それ以降、やっと、あっちゃんのほうからキスをくれるようになったけれど、未だに凄く緊張しているようで、そんなところさえ愛しく思う。
「女の人って、好きな人に独占欲丸出しにされたいとか、嫉妬されたい人も多いみたいよ」
他愛ない会話の中で、そんなことを言ったら、
「でも、るぅはそうじゃないよね?」
さすが、よく判っている。
「僕は、束縛も嫉妬もしない。だって、るぅのことを100%信用してるから」
好きな人にそう言われて、裏切ることなんて、どうして出来よう。
そして…。
あれは、付き合って2年目の記念日のこと。
「動物園の飼育員って、大企業に比べたら年収は少ないけど…。公務員待遇の充実した福利厚生が整った環境だし、給料が大幅にカットされるとか、リストラされる心配もないから、結婚相手としては悪くないと思う。だから、そろそろ、結婚しませんか?」
何ともまぁ、ムードの欠片もないプロポーズをされた。
場所こそ、三つ星レストランだったので、そのギャップに思わず吹き出してしまったけれど、
「喜んで…!」
笑顔でそう答えた。
家族になることで、この恋は終わりを迎えることになるけれど、失恋とは違う恋の終わりって、素敵じゃない?
そして、これからはどんな新しいストーリーが始まるのだろう?
私が選んだ人、私を選んでくれた人だもの…きっと大丈夫。
この先、どんなことがあっても、必ず幸せになろうね。
FINE
それはとても、ありふれた出逢いで、全くドラマチックとも言えない。
運命だなんて、そんなことは特に考えていないけれど、
「この人だ」
そう思う瞬間は、そんなありふれた日常の中にある。
私は、最近転職したばかりだ。
都内の大手企業の一般職から、田舎にある市の動物園の受付に。
周りからは、
「どうかしてるよ、もったいない!」
そう言われたけれど、前職では、耐えて耐えて、我慢の限界での転職だった。
私は「大手企業社員のお嫁さん候補」なんて御免だ。
女同士もギスギスしていれば、男たちも品定めするように見てくる。
私は、特にモテる訳でもなかったが、それなりに声はかかる…要するにごく平凡といったところだったと思う。
職場で人気のイケメン上司が、何故か私をデートに誘い、2回デートした結果、
「いくら人気でも、この人は、ないな…」
私はそう思い、3回目のデートを断ってしまったことが、地獄の始まりだった。
デートした上司は、平凡な女にフラれて、ブライドが許さなかったのだろう。
その人には、根も葉もない噂を流され、同性からの虐めも始まり、それはエスカレートする一方。
子供の虐めも卑劣だが、大人の虐めもまた悪質だ。
もともと、お嫁さん候補になることなんて望んではいなかった…むしろイヤだったのだから、辞めることに何の未練もなかった。
一方、田舎だからかもしれないが、動物園の受付は、時間がのんびりと過ぎる感じがする。
休日こそ、それなりに混むけれど、平日は人なんて殆ど来ない。
幸い、受付の先輩もいい人なので、今は安心して働いている。
ある日、客として平日の動物園を一人でブラブラしていたら、飼育員のお兄さんに、
「今日はお客さんなんですね」
笑顔で話しかけられた。
彼こそが、のちに恋人になる、あっちゃんだ。
初めて言葉を交わしてから、まだ間もない頃、彼は遠慮がちだったけれど、話しているうちに、この仕事が本当に好きなんだなという熱意が伝わってきて、私は彼に興味を持った。
興味を持ったからこそ、私からも距離を縮めようとしたわけである。
私が、大手企業を辞めた話をしても、他の人のように勿体ないのなんのとは一切言わずに、
「いま、安心して楽しく働けているなら、いいじゃない」
ごく自然にそう言われた。
彼は、自分の仕事に矜持はあれど、男の沽券に関わるだなんだという、妙なプライドは持っていない、温厚な人だということも判る。
だから、私のことをリスペクトしてくれても、学歴のことで僻んだり妬んだり、ましてやマウントを取ろうなど、そんなことは一切ない。
あっちゃんと付き合い始めるまで、1年ほど友達で居た。
まだ友達だった頃、
「僕は、本気で将来を考えられる相手としか付き合う気はないんだ」
あっちゃんはそう言っていた。
私も、恋多き女になりたい訳ではないし、遊び慣れた男にも興味がないので、こういう古風な人は好みだ。
「結婚してから他の人と恋愛すると、不倫になっちゃうけど…男の人って、多くの人と付き合いたいみたいな願望はないの?」
さりげなく尋ねると、
「他の人はわからないけど、少なくとも僕は全くないね。本気で好きな相手が見つかれば、一生、その一人だけでいい」
そうなると、私なんかでは、彼の一生に一度、たった一人だけの恋人になるのはムリかもしれないな…と、残念に思った。
ところが…。
唐突に告白されたのは、ドライブ先の、誰もいない夜の浜辺。
「やっと、添い遂げたい相手に出会えたと思ってる。だから…るぅの気持ちを聞かせて?」
意外な気もしたけれど、
「私でよければ、是非」
そう言って微笑むと、あっちゃんは、心から喜んでくれた。
気ままな私は、束縛を嫌う傾向がある。
特に意味のない電話やメールなどは、あまりしたくないタイプだ。
あっちゃんは電話をくれる時に、
「いま、時間大丈夫?」
まず最初に尋ねてくれる。
私は、心許した相手にだけは饒舌になってしまうタイプなのだが、あっちゃんは聞き上手だ。
「いつも、自分のことばかり話してゴメンね…」
つい、喋りすぎて謝っても、気にも留めないで、
「単に、るぅの声が聞きたかっただけだから、いいんだよ」
そんな風に笑い飛ばす。
逆に、疲れていたり、体調がよくなくても、あっちゃんは私にとって大切な人だから、つい大丈夫だと答えてしまうことがある。
しかし、あっちゃんは私の声のトーンや口調ですぐ気付くようで、そんな時には3分もせずに、
「またね。ゆっくり休んで」
そう言って電話を切るので、早く元気になって、もっと話したいし、逢いたいと思う。
おまけに、何も言わずに私の部屋の前に食べ物や栄養ドリンクを置いていってくれて、そのあとでメールが届き、
「玄関の外、見て。早く元気になーれ。返信不要」
優しい人だな…と、改めて思う。
私は割とドライなのに、特に意味のない会話をしたいと思うのは、あっちゃんのことが好きという証拠だと、今更ながら知る。
かつて、友達からは、
「るぅは甘え下手だよね。結構フェミ入ってるし、男の人から見たら、可愛くないって思われちゃうよ」
そう言われたぐらいなので、一時は、あっちゃんも私のことを可愛くないと思っているかもしれないと不安になったこともある。
「なかなか自分って変えられないよね…。こんな可愛くない女でも、好きでいてくれる?」
そう尋ねたときに、
「僕のために自分を変えようとする必要はないよ。こっちは、性格も知った上で好きになったんだから。もし、るぅが本当に間違っているときにはハッキリ言うけど、少なくとも、これまでにそう思ったことはないな」
要は、あるがままの私を受け入れてくれているということだろう。
付き合って1年が過ぎ、お互い、普段はとても自然体で居られるのに、手を繋ぐのがやっとという、とても社会人同士とは思えない関係でいた。
だから、私のほうからそっと口付けると、かなり驚いていたので、少し不安になり、
「もしかして、引いた…?」
そう尋ねると、照れたように笑いながら、
「そんなわけないじゃん」
と言われたから、とりあえず安堵。
それ以降、やっと、あっちゃんのほうからキスをくれるようになったけれど、未だに凄く緊張しているようで、そんなところさえ愛しく思う。
「女の人って、好きな人に独占欲丸出しにされたいとか、嫉妬されたい人も多いみたいよ」
他愛ない会話の中で、そんなことを言ったら、
「でも、るぅはそうじゃないよね?」
さすが、よく判っている。
「僕は、束縛も嫉妬もしない。だって、るぅのことを100%信用してるから」
好きな人にそう言われて、裏切ることなんて、どうして出来よう。
そして…。
あれは、付き合って2年目の記念日のこと。
「動物園の飼育員って、大企業に比べたら年収は少ないけど…。公務員待遇の充実した福利厚生が整った環境だし、給料が大幅にカットされるとか、リストラされる心配もないから、結婚相手としては悪くないと思う。だから、そろそろ、結婚しませんか?」
何ともまぁ、ムードの欠片もないプロポーズをされた。
場所こそ、三つ星レストランだったので、そのギャップに思わず吹き出してしまったけれど、
「喜んで…!」
笑顔でそう答えた。
家族になることで、この恋は終わりを迎えることになるけれど、失恋とは違う恋の終わりって、素敵じゃない?
そして、これからはどんな新しいストーリーが始まるのだろう?
私が選んだ人、私を選んでくれた人だもの…きっと大丈夫。
この先、どんなことがあっても、必ず幸せになろうね。
FINE