いよいよ、今日から訓練校の授業が始まる。
 入所確認会でも既に顔合わせはしていたが、15人の仲間たちは、年齢も性別も経歴もバラバラだ。女性も増えてきていると聞いたものの、実際、女性は私のほかに一人だけしか居ない。
 彼女は童顔なので、てっきり同世代かと思って馴れ馴れしく声を掛けたら、
「やだ、私は35歳で、離婚ホヤホヤのバツイチだよ!」
 そう言って大笑いしていた。とはいえ、その友坂さんという女性は気さくな人だったので、私のような小娘にも心を開いてくれて、すぐに打ち解けることができた。
 金属加工のこのコースでは、着たことのない作業服を着て、それこそ右も左もわからないことばかり学んでいく。
 それ以前に、毎日6時間の訓練、拘束時間が7時間になることだけでも、最初の内は毎日クタクタになってしまった。丸1年近く自堕落な暮らしをしていたのだから、いくら若くても体力は落ちるということだろう。
 しかし、この疲労は嫌な疲労ではない。
 1日に終わりには、今日も充実していたな、と感じられる。ニートだった頃は、時間だけならあったはずなのに、その日1日、何をしていたのか思い出せなかったが…。
 ジョーも、週末になると家に様子を見に来て、私がかなり疲れている時には察してすぐに帰っていくが、余力のある時には、気晴らしにドライブに連れて行ってくれた。
「フォークリフトの資格取るための訓練もしてるけど、私も早めに車の運転免許取ったほうがいいかもね。まぁ、就職してからになるけど」
「田舎だと、免許はあったほうが便利だもんなぁ…まぁ、車じゃなくても、原付ならすぐに免許取れるし、電動キックボードなら免許がなくても公道を走れるよ」
「そっかぁ。まぁ、職場が公共交通で行けるところなら、別に車は必須じゃないもんね」
「…なんか香澄、楽しそうだな」
 思いがけない言葉に、ふとハンドルを握るジョーの横顔を見遣る。とても穏やかな表情をしていた。
「楽しい、か…。まぁ、そういうことなのかな。勿論、楽しいことばかりじゃないし、疲れもするけど、悪くないなって感じてるから」
「それに、その髪型も似合ってる」
 訓練校に通いめたばかりの頃は、長い髪を後ろで束ねていたのだが、やはり邪魔だし、疲れて入浴が億劫になってしまうと衛生上よくないので、思い切って、リンスインシャンプーだけでもOKなほど、バッサリ切ってみたのだ。
「そう?ありがと。恥ずかしいけど、デビュー当時のチャイナ・フィリップスの写真を美容院に持っていって、こんな風にして下さい!って頼んで切ってもらったの。髪の色のせいもあるのかな…なんかちょっと子供っぽくなった気もするけど、気合いが入ったよ」
「あはは、その気合いが伝わってくるから、なおさら素敵に見えるのかもな」
 なんだか、不思議だ。
 この数年間、私たちは、どちらからともなく遠ざかり、特にこの1年は、顔を合わせたら喧嘩しかしないほど関係が悪化していたのに、今はまた昔のように…否、昔以上にジョーを近くに感じられる。
 ジョーのことを説教臭い奴に変わってしまったと思っていたが、もしかして、私がジョーをそんな風にしてしまっただけなのかもしれない。
「あ」
 おもむろに、あることに気付き、間の抜けた声が出てしまった。
「どうした?」
「ねえ…私と二人でドライブなんかしてていいの?」
「俺のほうから誘ったんだから、いいに決まってるじゃん」
「そうじゃなくて…!私、知らない誰かに怨まれるのは嫌だから」
「何の話してるんだよ?」
「ジョーも意外と鈍いね。薬学部だったら、聡明で綺麗な女の子が周りに沢山居るでしょ?」
「まぁ、周りの女子、勉強は得意だろうけど、聡明で綺麗とか、そういう風に見たことないからなぁ…」
「それ、本気で言ってる?」
「ん?一体どうしたんだ?」
 私は、同じ大学に、好きな子だったり、既にいい感じの子が居るのかを聞こうとしたのだが、はぐらかされたのか、本当に興味がないのか、いまいち掴めない。
「いや、なんでもない。ただ、修羅場だけは御免だってこと」
「修羅場?誰と何の理由で修羅場になるんだよ?」
 やはり、はぐらかされているのか、本当に鈍いのかはわからない。
 人の恋愛の心配より、私は自分の進路の心配をすべきだろう。余計なことを言えば、ジョーだってきっと、自分の進路の心配をしろと、また説教モードになりかねない。