今から間に合う最短の開講日は3月だ。
 私は、職業訓練校にエントリーしに行き、その後は、施設見学会、選考試験も無事パスして、入所確認会までスムーズに終わった。
 訓練校が始まるのを待ちわびながら部屋で寛いでいたところ、ドアがノックされ、どうぞと言うと、そこにはジョーが。てっきり、母と思っていたので、驚いてしまった。
「最近どう?」
 そう尋ねられ、
「昨日、入所確認会があって、3月上旬から訓練校に通うことになった」
「そうか!それを聞いて俺も嬉しいよ」
「気が早いって。もしかして、いざやってみたら全然向いてなかった、なんてこともあるかもしれないし…」
「だとしても、ちゃんと一歩踏み出せたことが大事だと思うけどな」
「そうかな?」
「ああ。煙草スパスパ吸ってた頃と違って、すごくいい顔してるし」
 じっと見つめられ、何故か照れてしまい、思わず髪で顔を隠した。
「あ…つい色々尋ねてしまったけど、今日は別の用で来たんだ」
「そうなの?思えば、久しぶりよね。部屋に来るのって」
 小中学生の頃は、よく互いの家を行き来していたのだが、高校生以降はそんなこともなくなった。
「19歳おめでとう」
 そう言って、包みを渡される。
「ありがとう!最近バタバタしてて、すっかり忘れてたわ…」
「おいおい…。だけど、それほど真剣に進路のこと考えてたってことだろうし、何だか嬉しいよ。ま、香澄本人が誕生日を忘れても、俺が覚えてたらいいか」
「ねえ、開けてもいい?」
「もちろん」
 大きな包みを開けると、中身はテディベアだった。
「可愛い…」
「子供扱いしてテディベアにしたわけじゃないよ。ぬいぐるみを抱きしめることで、オキシトシンが分泌されて、メンタルにもいいから」
「あ、なんか聞いたことあるかも…幸せホルモンだっけ?」
「そうそう。何しろ、頑張りすぎてストレス溜め込んでもよくないと思ったんだ。おばさん、今日は香澄の好物ばっかり作るって言ってたよ。ケーキも焼いたって」
 こんな親不孝者の私の為に…?この1年弱の両親の気持ちを思うと、柄にもなく涙が出そうだ。
「ジョーも夕飯食べていけば?今、春休みなんでしょ?」
 どうにか涙を堪えながらそう言うと、
「実はさっき、おばさんからも誘ってもらったから、御相伴に与ろうかな」
 そう話していた矢先、階下から、
「香澄、夕飯ができたわよ!」
 母の声に、ジョーと顔を見合わせてダイニングへ向かう。確かに、これでもかというほど、私の好物ばかり並べられていた。
「美味しそう…」
「もうすぐ訓練校も始まるんだから、栄養つけないと。ジョーくんも、遠慮せずに食べてね」
 一体、いつ以来だろう?こんな風にジョーも一緒に誕生日を過ごすのは。
 両親は、ジョーに大学はどうかなど色々尋ね、ジョーもまた、楽しそうにキャンパスライフについて語った。
 しかし、ハッとしたように私のことを見て、すまなそうな表情を浮かべたジョー。私は、なんだか少し可笑しくて、
「私のことなら気にしないでよ。もう大学への未練もないし、もしこの進路が失敗だったら、また考え直せばいいだけのことだから。人生100年だとしたら、19なんて、まだほんの入り口でしょ?」
「そうだよ。自分がその気にさえなれば、何度だってやり直せる。実際に香澄は一度は挫折して、なかなか抜けられずにいたのに、最近になって急に変わったもんな」
「そうね。それは…」
 それは、あんたがいつも本気で叱ってくれたから…そう言いかけてやめた。両親が目の前に居ることもあり、何だか恥ずかしい。
 しかし、この新しい進路がうまくいった暁には、そんな思いも伝えよう。
 今は、久々にこうして大切な人たちと一緒に誕生日を過ごしている幸せを噛み締めたい。一時は衝突ばかりだったものの、やはりジョーは、今も変わらず私の唯一無の親友だ。