あゆみからの真夜中の迷惑自慢電話に、真っ赤な嘘で対抗してから3日後。
 私はというと、もうそんな嘘をついたこと自体忘れ、いつも通り、単に怠惰な日々を送っていた。
 カレンダーを見遣ると、もう12月。仮に、再び受験勉強したところで、今更もうどうにもならない。
 それ以前に、もうかなり前に予備校もやめてしまっているので、恐らく私は最初から、そこまでして大学に行きたくもなかったのであろう。
 それにしても、ただわけもなくイライラする…。
 煙草を吸おうとしたが、切らしてしまっていて、思わず舌打ちした。
 浪人生になってすぐ喫煙するようになり、法律違反だとか、百害あって一利なしだと頭では判っていても、特に打ち込める趣味もない私は、ストレスのはけ口が煙草だけになってしまい、とてもやめられそうもない。
 ギャンブル、万引き、薬物、ワンナイトなどよりはマシだと自分に言い聞かせている。
 コンビニで煙草を買い、近くの公園のブランコでぼんやりと吸っていたところ、
「香澄」
 聞き慣れた声に顔を上げる。声の主は、幼馴染のジョーこと桐生譲だった。
「また煙草吸って…!やめるように前から言ってるだろ!」
 ジョーにタバコを持っていた手を捕まれた。
「ちょっと!乱暴はやめてよ!」
「だったら、今すぐに煙草やめろよ。当然、携帯灰皿持ってるんだろうな?」
 私はジョーを睨みつけると、渋々、携帯灰皿に吸いかけの煙草を押しつけた。
「没収」
「は?人から奪って自分で吸う気!?今、煙草も高いのよ!」
「嫌煙家の俺が吸うわけないだろう。香澄が持ってたら、どうせまた吸うだろうから」
「親に預けるから、いい」
「…香澄の親御さん、最近もう何も言わなくなったじゃないか」
 それは事実だ。もともと、うちの親は甘かったのだが、それでも昔は、悪いことをしたら叱られた。
 しかし、受験にしくじってからは、変に気を遣われており、私が飲酒喫煙をしているのを知っていても、何も言わないし、予備校に行かなくなったことさえ、お咎めなしだ。
「全く…なんで同級生のアンタに偉そうにされなきゃいけないのよ!」
 煙草の残りを握りつぶし、ジョーに思い切り投げつけると、私は更にイライラして、ジョーから離れるべく歩き出した。
「まだ話は終わってない」
 最近、ジョーはやたら口うるさい。昔はこんなタイプではなかったのに、受験によって私達の明暗が分かれてから、随分変わってしまった。
 ジョーは現在、地元の国立大薬学部1年生。その大学は医学部と薬学部だけは他の学部より圧倒的に偏差値が高く、特に地元で就職するにはかなり有利だ。
 小・中学生の頃は、付き合っているのかと誤解されるほど仲が良く、親友とも言えたのに。
 しかし、ジョーは県内トップの進学校へ、私は自称進学校へと分かれた頃から、少しずつズレを感じるようになり、今では、そのズレは更に大きくなって、もう、顔を合わせればジョーに説教され、私が逆ギレするという酷い関係になってしまった。
「なぁ。結婚するって本当なのか?」
 唐突に言われ、私は鼻で笑った。
「へえ、そんな風に見えるわけ?」
「見えないよ。だけど、あまりにも何人もの同級生から同じこと聞かれたから」
 私は、おもむろに、金曜の真夜中についた嘘を思い出した。
「あはは!あれはね、高校時代のフレネミーの自慢があまりにウザいから、地元のボンボンと結婚するって言って撃退してやっただけ」
「香澄は他愛ない嘘のつもりだったとしても、周りは真に受けて、相手は誰なんだってえらい噂になってるぞ」
「ふーん。別にいいんじゃない?人の噂なんて四十九日でしょ」
「七十五日だろ。相手は旭川製薬の息子なんじゃないかとか、かなり具体的な噂になってるのはどうするんだよ」
「知らないわよ。そんなもん、ただの噂でしょ。私は一言も旭川製薬なんて言ってないし」
「あのなぁ…その噂の元は香澄の言葉だろ?自分の発言には責任を持てよ」 
「うるさい!噂にいちいち振り回されてるほうがバカなんじゃないの?」
「旭川製薬の末っ子が俺の高校時代からの同級生で、根も葉もない噂のターゲットにされて迷惑してるぞ」
 低い声で言われ、少しヒヤリとする。
「…じゃあ、ジョーがその人に説明しておけばいいじゃない?私とその人、お互い知らない者同士なんだから」
「そういうことじゃないだろ!最近の香澄は、あまりにも目に余るよ。変わっちまったよな、ホントに」
「はぁ?その台詞、そっくりそのままアンタにお返しするわ。何なのよ?ちょっと頭いいからって偉そうに。昔のアンタはそんなウザい奴じゃなかったはずですけど?」
 ジョーは、小学生の頃に、転校してきて一人ぼっちだった私に、真っ先に手を差し伸べてくれた優しい子だったのに。どうして、こんなにやかましくなってしまったのか。
「ウザい奴とでも何とでも言えばいい。だけど、そんな下らない嘘で対抗してる暇があったら、何か一つでもやり遂げてみせろよ!本当に今のままでいいのか?」
「あー本当にウザい…何様のつもり?」
 口ではそう言ったものの、本当は私だって今のままでいいと思っているわけがない。もし、これでいいと思うようになったら、人として終わりだとさえ…。
 一方、どうせ私の人生は終わっているのだから、もう総てどうでもいいという気持ちもある。
「香澄」
 あまりにもしつこくついてくるので、
「うるさい!あんたなんか…」
 大キライ!もうこれ以上私に構うな!そう続けたかったが、辛うじてその言葉は飲み込んで逃げ出した…。