「こんな時間に鍵開けると、親が寝てるところ起こすし、もう少し大丈夫か?時間」
 ジョーに尋ねられ、頷く。
 少し遠回りして、近所の公園に来ていた。二人並んで、小さくブランコを揺らす。
「この公園ひとつにしても、いろんな思い出があるよね、私たち」
 転校生で、一人ぼっちだった私にジョーが声をかけてくれたことから始まり、無邪気に遊んだり、一緒に友達の恋を応援したり、よくここで二人で過ごしていることで、周りからは付き合っていると誤解されたり…。そして、去年は大喧嘩もした。
「そうだな」
「去年の私には、とてもじゃないけど、今の私なんて想像もつかなかっただろうなぁ…。手の届かない理想を求めるだけで、実際は、現実逃避ばっかりしてたよね。情けないけど」
「だけど、それは挫折して一時的に自棄になってた香澄であって、本来の香澄とは違うよ」
 ジョーの言葉のひとつひとつが、それこそ去年の私では考えられないほど、スッと胸に染み込んでくる。
「私、少しは変われたかな?」
「ああ。いや…変わったわけじゃないな」
 そう言われ、少し凹む。
「変わったと言うより、昔の…本来の香澄に戻ったんだと思う。俺がずっと好きだった香澄に…」
 一瞬、ジョーが何と言ったのか理解できなかった。
「え…?」
「気付かなかったのかよ」
「だって!これまでにそんなこと、一度も言わなかったじゃない…」
「言おうとしたよ、何度も。高校生になったら言おうと思ったのに、高校生になるや否や、彼氏ができたなんて言われたら、言えるわけないだろう。しかも、避けられるし」
「避けてないよ?むしろ、避けられてるような気がしてたのは、私のほうなんだけど」
「じゃあ…単にすれ違ってたのかもな」
 こんな時、どう答えていいのかわからない。
 私は、かなり奥手だ。
 それこそ、初めて彼氏ができた時にしても、告白されて、もう高校生だからと、何となく付き合うことにしたものの、やはり違う気がして、すぐに終わっている。
 さっき、ジョーは“ずっと好きだった”と、過去形で言ったのか、今でも好きなのか、それすら読めない…。
「何も、返事を急かしたりはしないよ。香澄に片想いするのは、もうとっくに慣れっこだから…」
 少し自嘲気味にジョーは笑った。
「ごめんね」
「即お断りかよ…」
「そういう意味じゃないの!だって…私たちはずっと幼なじみで、すれ違ってた期間もあるじゃない。それに、ジョーのことが大事だからこそ、絶対に、間違いなく、本気で…LikeじゃなくてLoveだって言い切れるまでは、曖昧な言い方なんかしたくないの。だって、ジョーと気まずくなるのはもう二度と嫌!本当はつらかった…ダメになった私のこと、ジョーは嫌いになったんだと思ってたから」
 私は、あまりに拙い言葉で、どうにか自分の本当の気持ちを伝えようとした。
 誰より大切な人だから、簡単に好きだなんて言えない…それを判って欲しかった。
「あのなぁ…嫌いな相手だったら、煙草ばっかり吸ってても無視するよ。好きだからこそ、香澄には自分のこと大事にして欲しかった。キツい言い方しか出来なかったけど…好きでもない相手のこと、こんなに気にするかよ」
 今ならば、真剣に叱ってくれたジョーの気持ちが痛いほどわかる。
「さっき、あの女に、ボンボンから香澄を奪ったって言ったのも、俺の彼女だって言ったのも、全部俺の願望だから、あながち嘘でもなかったかもな」
 そっと、ジョーの横顔を盗み見た。ハタチのジョーは、随分大人びて見えるのに、その表情は思春期の頃と同じようにピュアで、何故か胸が軋んだ。
 そうだ。
 2か月後のバレンタインデーには、きちんと自分の気持ちを整理して伝えよう。ティーン最後の冬に、けじめをつける。
 だから、それまで待っていて。
「あ、空が明るくなってきたな」
 ジョーが空を見上げて呟く。
「遅いか早いかの違いだけで、必ず夜明けは来るものね」
 私たちは、ゆっくり立ち上がると、肩が触れる距離で、家路を辿った。



Fin