「でねー。この前、K大医学部との合コンで、二人からデートに誘われて。困っちゃったぁ」
 受話器の向こうから聞こえる声は、これっぽっちも困った様子などない。
 また今夜も、高校時代の同級生・あゆみから夜遅くに電話がかかってきて、延々と下らない自慢話を聞かされている私。
 あゆみは、高校の頃からやたら要領のいい奴だった。私とはまさに正反対のタイプで、彼女は、推薦で合格した東京のお嬢様大学に通っている。
「アンタさぁ、大学に何しに行ってるわけ?どんなことを学んでるかなんて、一回も聞いたことないけど」
 頻繁に電話がかかってきては、こんな話ばかり聞かされるので、流石に苛立ってしまい、刺々しい言葉も出てくる。
「香澄に大学で勉強してることを話したって、サッパリわかんないでしょー?」
 これもまた、かなりイラッとくる言葉だが、本当のことだから、返す言葉に詰まる。
 何しろ、こちらは悲しき浪人生だ。しかも、浪人というのも、もはや名ばかりで、今はもう大学になんて行かなくてもいいと思い始めており、浪人という名のニートである。
 どうして、あゆみばっかり…。成績も、どんぐりの背比べか、私のほうが少し上だったのに。
 本命の大学をさっさと諦め、推薦で合格したあゆみは、毎日やたら楽しそうで、高望みした私はというと、滑り止めさえ全滅してしまった。
 まさかの滑り止めまで全滅だったことがショックで、浪人生になったとはいえ、今はもう予備校にも行っていない。浪人したところで、現役の時よりも、大して成績が伸びるものではないと聞いたこともあり、何もかもバカバカしくなってしまったのだ。
 今は、人々が浮かれる金曜の夜。
 だからといって何の用もなく、全く代わり映えしない1日が終わろうとしていたところ、このイライラする電話がかかってきたわけである。
「いつも、デートがどうこう言ってる割に、週末の夜中になると、やたら私に電話してくるわね」
 私としては、痛いところを突いてやるつもりだった。
「だって、女の友情も大事じゃない」
 これのどこがどう友情なのか、アンタなんか単なるフレネミーではないかと問い詰めたい気持ちにもなる。
「あっ、ごめーん。私ばっかり喋っちゃって。で、香澄は模試の結果どうだったのぉ?今度こそ志望校受かりそう?」
 受かりそうなはずがないだろう。そもそも、第一志望のO女子大なんてとっくに諦めているどころか、相当ランクを落とした大学さえCかD判定なのだから、もうこれ以上ランクを下げてまで受験などしたくない。
 辛うじてA判定のところは、もはや浪人して行くような大学ではないから。
 つい黙ってしまうと、またしてもあゆみは、デート相手のことをベラベラ喋り始めたので、私はあゆみをどうにかギャフンと言わせてやりたくなった。
「ねぇ、あゆみ」
「なーに?」
「私、もう大学受験する必要がなくなったのよね」
「えっ、どういうこと?」
 しめしめ…この調子だ。
「実は、結婚することになったから」
 私がそう言うと、あゆみは一瞬絶句したのち、
「えー!あ、デキ婚!?」
「やめてよ。私は古風だから、デキ婚は絶対にしない」
「じゃあ何でよ!?香澄、彼氏が居るなんて一度も言わなかったじゃない!」
 あゆみの声には、明らかに怒気が含まれているのが愉快だ。
「うん。つい最近知り合ったというか…見初められたって言ったほうがいいかな」
「見初められたなんて、まるで相手が大金持ちみたいじゃない」
「そうなの。相手は次期社長のボンボンなのよ。おまけに、ルックスもよくてね」
 思いつきで、かなり酷い大ボラを吹いたのだが、あゆみは相当ダメージを受けている様子だった。ざまあみろ。
「ふ、ふぅん…何処の会社の息子なわけ?」
「今はまだ言えないなぁ」
「そう…それはご愁傷さま!じゃなかったぁ、ごめーん。おめでとうございました!」
 怒鳴るようにそう言うだけ言って、あゆみは一方的に電話を切った。
 恐らく、これでもう、あゆみからの自慢電話はかかってこないだろう。何だかちょっとスッキリした気分だ。
 そもそも、あゆみの話にしたって、果たして何処まで本当かわかったものではない。あゆみは要領がいいから、ルックスの割にはモテる可能性はあるが、あくまでルックスの割には、である。
 あゆみ以外にもお嬢様大学と呼ばれる大学に進学した子はいるが、意外とごく普通のサラリーマン家庭の子も多いという。
 お嬢様でも美人でも聡明でもなく、要領のよさだけで生きている上に、性格も悪いあゆみが、K大医学部の学生から奪い合いなどされるわけがないだろう。
 その晩、私は久々にいい気分で眠りについた。