無自覚な彼女はヴァンパイア様の溺愛に気づかない

──風が裂けた。
彼の身体が横から強い力で弾き飛ばされる。

「っ、はは」

床に崩れかけた私の身体を誰かの腕が支えた。
その腕の中で、震えながら顔を上げる。

「……れ、お……さん……」

麗央さんだった。いつもの無表情。けれど、その瞳だけが見たこともないほど冷たく赤を宿していた。
まるで真っ赤な月そのものみたいに。

彼は私の首元を見て一瞬だけ呼吸を止めた。
その瞬間、空気が張り詰めたのを感じた

「……随分、好き勝手してくれたな」

地面を這うような低い声にびくっと肩が揺れる。

それでも白百合の彼は吹き飛ばされた先で楽しそうに笑っていた。

「やっと来た。夜桜の王子様って、もっと早いと思ってたよ。」

麗央さんは答えない。ただ、私を後ろへ庇うように一歩前に出る。

「……美鈴、目を閉じろ」

「え……?」

「見なくていい」

「は、はい」
言われた通り、ゆっくりと目を閉じた。
次の瞬間。
耳元で、風の音が走った。それに鈍い音。何かが壁に叩きつけられる音。

そして──
低く、押し殺した声。

「二度と、こいつに触るな」

目を閉じた自分は今どんなことが起こっているのかわからない。
でもこれはどういうことだろう…、到底頭が追いつかない。

牙…、が見えた。それにありえない手の温度。そして牙がかすってできた擦り傷。

まさか…、そんなことあるわけないのに…それなのに。
震える指先で、私は自分の首元を押さえた。


──この人たちは。
一体。