アドルフはわなわなと震える。

「くそっ!」

 怒りに任せて殴りつけた窓ガラスは音を立てて粉々に砕け散る。拳からは血がしたたり落ちた。

「こんなはずではなかった」

 二十代半ばにして近衛騎士の副団長まで登り詰めた。イラリアの寵愛を一身に受け、爵位の高い連中ですらアドルフには強く出ることができなかった。
 それほどまでに、この数年間は権力をほしいままにしてきたのだ。

 それなのに──。

 ──あの日、ヒッポグリフから転落したアドルフは大けがを負った。最後に見たのは、自身の半身ともいえるヒッポグリフが無残にドラゴンに食いちぎられる光景だ。

 意識を失い、気が付いたときには見知らぬ部屋のベッドで寝ていた。
 周囲に状況を聞くと、イラリアは外務大臣や複数の側近たちの証言からドラゴンを刺激して町に被害を出した原因を作ったとして、離宮にて無期限の謹慎処分になったという。
 顔に大きな傷を負ったらしいと風の便りに聞いたが、会っていないので真偽のほどは確認しようもない。

 そしてアドルフは、そこから坂を転がり落ちるがごとく転落していった。

 まず、近衛騎士の職は『同行していたにもかかわらずイラリアを守り切れなかった』という理由で解任された。そして、相棒のヒッポグリフが死んだことで幻獣騎士団にも戻れなかった。

 それでも、アドルフはかつて近衛騎士団の副団長を務め、少数精鋭の王都幻獣騎士団の一員であるほどの剣の使い手だ。普通の騎士であれば職に就くことも可能だった。