月が綺麗――そう思ったら、急に泣きたくなった。

 これまでは、そういう些細なこと全て千裕と話して来たから。道端に小さな花が咲いていたり、窓辺に可愛い猫がいたり。そんな小さなことを見つけ合っては、共有して微笑った。星空を見に行って、何も話さず、並んでぼんやりしたこともある。別れて最も痛手だったのは、そういう相手を失ってしまったことだ。朱莉に言ったっていいけれど、やっぱりちょっと違う。あぁぁ、もう少し別れが早ければ、こんな思い出も少なかったのに。


「……くそっ」


 もう忘れた、と思い込ませたかった。でも本当は、そう簡単にもいかない。仕事が忙しく、考える間を与えずにいるから、思い出す時間は少なく済んでいるだけなのだ。六年も一緒にいたら、思い出すタイミングなど嫌でも沢山ある。美味い酒を飲んでも、仕事で良いことがあっても、千裕の亡霊はそこにあった。