今日は特別な日。

 わたしはお兄ちゃんと、お兄ちゃんの親友の成《なる》くんとで夕御飯を作って食べようってことになっていました。

 成くんはお兄ちゃんの昔からの友達です。
 実は今は私の高校の担任の先生なんだよ。

 ねっ、びっくりでしょ?

 学校のみんなには内緒にしてるの。秘密だよ?

 私とお兄ちゃんとは8コ年が離れてて。
 だから、必然的に成くん、土井成仁《どいなるひと》《《先生》》とも8コ差なんだ。

「成《なる》くん、荷物重くない?」
「ああ、大したことない。全然大丈夫だよ」

 わたしと成くんとで歩いて夕飯の買い出しに行ったの。
 お兄ちゃんは仕事が遅くなるんだって。

 私は成《なる》くんと話したかったから、一緒にお買い物に行けるのは単純に嬉しかった。

「焼肉とか言って海鮮もけっこう買っちゃったなあ」
「香菜は海老とかホタテとか好きだもんな。良いんだよ、香菜が好きなもん買えば」
「ありがとう、成くん。本当に奢りで良かったの? わたしもバイト代入ったし出すよ」

 成くんが立ち止まってわたしの顔を覗き込んでくる。
 わたし、成くんに見つめられてドキッとする。
 わたしは頭をくしゃくしゃっとされて、成くんが笑った。
 ドキドキしてる。
 わたしは成くんがわたしだけを見てくれているのが、すごく嬉しかった。

 いつもは成くんがたくさんの生徒に囲まれて慕われて楽しそうだから、ちょっと寂しくて疎外感があった。

 人気者の先生って自慢の先生だって、良いことなのに。

 なんでか切ないの。

「子供はそういうの気にすんな。あとさ、優真《ゆうしん》は香菜のバイト反対してなかったっけ? ……香菜さ、バイト始めたのか」
「うん。お兄ちゃんをすごく説得したの。わたし、買いたいものがあったから……」
「……ふーん」

 成くんに子供って言われて、ちょっとムカッとした。

 8コも年上の成くんとお兄ちゃんからしたら、わたしはすっごく子供かもしれないけれど、そんなにもう子供じゃないよ。

「なあ? 香菜はなにが欲しかったの?」
「ナイショ」
「ナイショって。言えないようなもん買うために働くのか?」
「なんでも言わなきゃいけないことないでしょ? いくら成くんがわたしの担任の先生だからって」

 わたしは成くんから視線を外して俯《うつむ》ていた。
 
「ごめん。俺、知らなかったのがちょっとショックだっただけ。バイトが悪いって言うわけじゃない。香菜が本当の兄妹みたいに、俺にさ、なんでも言ってくれるもんだと思ってたんだよ。思い上がってた」

 うちは両親が早くに亡くなってしまいそれからずっとお兄ちゃんが私の面倒を見てくれて、先生でもある成《なる》くんが勉強をよく見てくれるんだ。

「……成《なる》くん」
「ごめん。香菜だって年頃なんだし、秘密にしたいことあるよな。デリカシーに欠けてたわ、俺。担任なのにすまん、まだまだ配慮がなってないよなあ」
「ち、違うの! あのね……成くんは悪くないんだよ」
「良いよ。さっ、香菜、帰ろう。早く飯が食いたくなった〜」

 苦笑いだ……無理に笑った成くんの顔に胸がぎゅっと痛んだ。

 少し先に歩いていく成くんの背中が寂しそうで……。

「成くん!」
「んっ? どうした?」

 振り返った成くんにわたしは抱きついた。

「お誕生日おめでとう!」
「えっ?」

 成くんはポカーンとした顔でわたしを見てる。

「俺、そういや今日、誕生日だったなあ」
「フフッ、成くんは本当にびっくりしたって顔をしてる」
「そりゃあ驚くよ。すっかり忘れてたから」

 わたしはポケットに忍ばせていた誕生日プレゼントの小さい箱を成くんに渡す。

「はいっ! 誕生日プレゼント」
「お、俺に? 香菜が?」
「もー! お兄ちゃんと話し合って、サプライズで成くんの誕生日パーティする予定だったのに〜」

 わたしがお兄ちゃんに頼み込んでバイトしたのは、成くんの誕生日プレゼントを買いたかったから。

 成くんは、真っ赤な顔をして固まっていた。

「ちゅっ……」

 ついでにほっぺにチュ~したら、成くんはますます顔を赤くしていた。

 誰かに見られたらまずいけど、今日ぐらい良いよね? 土井先生?


 もう一度ちゃんとこの気持ちを成くんに伝えられる日が待ち遠しいな。
 早く大人になりたい。


       おしまい♪