「カットー!」
助監督の声が響くが、皆は呆然としたまま静まり返っていた。
台本には、仮の名前として別の名前が書かれていたのだ。
だが本番でおばあさん役の女優が口にしたのは、誰も予想していなかった瞬の相棒の名前。
一体どういうことなのか?
この先どうなってしまうのか?
どこまで過酷な運命に立ち向かわなければいけないのか?
重苦しい雰囲気に、瞬は一歩も動けないままだった。
「瞬。次のシーンの前に休憩取ろうか?」
藤堂監督が気遣うように声をかける。
「いえ、このまま行きます」
「そうか。分かった」
そう言って監督は、次のシーンの台本を渡した。
スタッフが黙々と準備を進め、そのまま大詰めのシーンの撮影となる。
真犯人と対峙する、いや、親友だと思っていた裏切り者と対峙する辛いシーンの撮影。
「本番行きます。よーい、スタート!」
リハーサルもなく、いきなり本番となった。
(瞬くん!)
明日香は祈るように瞬を見つめる。
先程と同じ更地の前で、おばあさんの代わりに須賀が瞬の隣に立ち、撮影が始まった。
「どうしたんだ?こんなところに呼び出したりして。ここはどこなんだ?」
なんてことない口調で須賀が言うと、瞬は重い口を開いた。
「お前の故郷だ」
「なっ?!」
目を見開いた須賀を、瞬は黙って見つめる。
やがてふっと息をもらすと、須賀は更地に目を向けた。
「なかなか買い手がつかないんだよ。縁起が悪い土地だってな。俺にとっては幸せが詰まった場所なのに」
「…本当にお前が事件に関わっているのか?」
「ああ、そうだよ」
「楓と大樹の誘拐も、お前が企んだのか?」
「ああ、そうだ」
「爆弾のスイッチを押したのも?」
「ああ」
「楓を…、楓の命を奪ったのもお前だって言うのか?!」
「…ああ、そうだ」
瞬は須賀に掴みかかる。
「嘘だ。嘘だと言え!」
「嘘じゃない。俺は親父を死に追いやった男に復讐しようとしたんだ。俺達の幸せを奪っておきながら、自分はのうのうと暮らし、偉そうにふんぞり返って警視総監にまでなったあの男にな」
須賀は瞬の手を振りほどくと、不気味に口角を上げて続ける。
「信じられるか?正義を振りかざす人間が人を殺し、一家の幸せを奪ったのに、自分は金も地位も名誉も手に入れている。何の罪もない親父とおふくろを追い詰めたのに、どうして許されるんだ?正義ってなんなんだよ。悪ってなんだ?俺があいつに復讐するのは間違っているとでも言うのかよ。あいつが野放しにされる世界に、真実なんかあってたまるか!」
息を切らせて一気にまくし立てる須賀に、今まで見てきた頼りになる親友の面影はない。
瞬はグッと拳を握りしめた。
「だから楓と大樹を誘拐したのか?お前の復讐の為なら、犠牲になっても仕方ないって言うのかよ!」
「…それは、悪かった。あの時、梨本が全てを打ち明けそうになって、あらかじめマントに仕掛けておいた爆弾のスイッチを押したんだ。計算では、そこまでの威力はないはずだった。だが結果的に、楓さんは…」
「ふざけるな!」
瞬は須賀の胸元を掴み上げると、そのまま地面に叩きつけた。
顔を打ちつけ、唇の端を切った須賀が、手で口を拭って顔を上げた時だった。
カチャリと音がして、瞬が須賀の額に銃口を突きつけた。
(瞬くん!)
明日香は息を呑んで目を見開く。
鬼気迫る瞬の表情は、その場にいる全員を凍りつかせた。
「あいつが野放しにされる世界に真実なんかあってたまるかだと?こっちのセリフだ。愛する妻を、何の罪もない優しい楓を、大樹のかけがえのない母親を殺されて、犯人のお前が生き延びる世界に、俺の真実だってないんだよ!」
グッと瞬が引き金を引く指に力を込める。
(ダメ!瞬くん!)
明日香は涙をほとばしらせながら心の中で叫ぶ。
瞬が一気に引き金を引き、覚悟を決めた須賀がギュッと目を閉じた。
パン!
乾いた音が響き、明日香はハッと息を呑む。
恐る恐る視線を上げると、銃を握る瞬の右手は高く空に向けられていた。
(…瞬くん!)
両手で口元を覆い、明日香は固唾を呑んで瞬を見つめる。
「…俺はお前と同じにはならない。楓が愛してくれた俺のままで生きていく。それが俺の正義、俺の真実だ」
ゆっくりと低く須賀に告げる瞬に、明日香は涙が止まらなかった。
(瞬くん、瞬くん…!)
やがて須賀はがっくりとうなだれ、瞬は静かに右手を下ろした。
助監督の声が響くが、皆は呆然としたまま静まり返っていた。
台本には、仮の名前として別の名前が書かれていたのだ。
だが本番でおばあさん役の女優が口にしたのは、誰も予想していなかった瞬の相棒の名前。
一体どういうことなのか?
この先どうなってしまうのか?
どこまで過酷な運命に立ち向かわなければいけないのか?
重苦しい雰囲気に、瞬は一歩も動けないままだった。
「瞬。次のシーンの前に休憩取ろうか?」
藤堂監督が気遣うように声をかける。
「いえ、このまま行きます」
「そうか。分かった」
そう言って監督は、次のシーンの台本を渡した。
スタッフが黙々と準備を進め、そのまま大詰めのシーンの撮影となる。
真犯人と対峙する、いや、親友だと思っていた裏切り者と対峙する辛いシーンの撮影。
「本番行きます。よーい、スタート!」
リハーサルもなく、いきなり本番となった。
(瞬くん!)
明日香は祈るように瞬を見つめる。
先程と同じ更地の前で、おばあさんの代わりに須賀が瞬の隣に立ち、撮影が始まった。
「どうしたんだ?こんなところに呼び出したりして。ここはどこなんだ?」
なんてことない口調で須賀が言うと、瞬は重い口を開いた。
「お前の故郷だ」
「なっ?!」
目を見開いた須賀を、瞬は黙って見つめる。
やがてふっと息をもらすと、須賀は更地に目を向けた。
「なかなか買い手がつかないんだよ。縁起が悪い土地だってな。俺にとっては幸せが詰まった場所なのに」
「…本当にお前が事件に関わっているのか?」
「ああ、そうだよ」
「楓と大樹の誘拐も、お前が企んだのか?」
「ああ、そうだ」
「爆弾のスイッチを押したのも?」
「ああ」
「楓を…、楓の命を奪ったのもお前だって言うのか?!」
「…ああ、そうだ」
瞬は須賀に掴みかかる。
「嘘だ。嘘だと言え!」
「嘘じゃない。俺は親父を死に追いやった男に復讐しようとしたんだ。俺達の幸せを奪っておきながら、自分はのうのうと暮らし、偉そうにふんぞり返って警視総監にまでなったあの男にな」
須賀は瞬の手を振りほどくと、不気味に口角を上げて続ける。
「信じられるか?正義を振りかざす人間が人を殺し、一家の幸せを奪ったのに、自分は金も地位も名誉も手に入れている。何の罪もない親父とおふくろを追い詰めたのに、どうして許されるんだ?正義ってなんなんだよ。悪ってなんだ?俺があいつに復讐するのは間違っているとでも言うのかよ。あいつが野放しにされる世界に、真実なんかあってたまるか!」
息を切らせて一気にまくし立てる須賀に、今まで見てきた頼りになる親友の面影はない。
瞬はグッと拳を握りしめた。
「だから楓と大樹を誘拐したのか?お前の復讐の為なら、犠牲になっても仕方ないって言うのかよ!」
「…それは、悪かった。あの時、梨本が全てを打ち明けそうになって、あらかじめマントに仕掛けておいた爆弾のスイッチを押したんだ。計算では、そこまでの威力はないはずだった。だが結果的に、楓さんは…」
「ふざけるな!」
瞬は須賀の胸元を掴み上げると、そのまま地面に叩きつけた。
顔を打ちつけ、唇の端を切った須賀が、手で口を拭って顔を上げた時だった。
カチャリと音がして、瞬が須賀の額に銃口を突きつけた。
(瞬くん!)
明日香は息を呑んで目を見開く。
鬼気迫る瞬の表情は、その場にいる全員を凍りつかせた。
「あいつが野放しにされる世界に真実なんかあってたまるかだと?こっちのセリフだ。愛する妻を、何の罪もない優しい楓を、大樹のかけがえのない母親を殺されて、犯人のお前が生き延びる世界に、俺の真実だってないんだよ!」
グッと瞬が引き金を引く指に力を込める。
(ダメ!瞬くん!)
明日香は涙をほとばしらせながら心の中で叫ぶ。
瞬が一気に引き金を引き、覚悟を決めた須賀がギュッと目を閉じた。
パン!
乾いた音が響き、明日香はハッと息を呑む。
恐る恐る視線を上げると、銃を握る瞬の右手は高く空に向けられていた。
(…瞬くん!)
両手で口元を覆い、明日香は固唾を呑んで瞬を見つめる。
「…俺はお前と同じにはならない。楓が愛してくれた俺のままで生きていく。それが俺の正義、俺の真実だ」
ゆっくりと低く須賀に告げる瞬に、明日香は涙が止まらなかった。
(瞬くん、瞬くん…!)
やがて須賀はがっくりとうなだれ、瞬は静かに右手を下ろした。



