「あの、では、どうしてそうなったのでしょうか?結婚を決意してから、デートもせずに10年も…って、私には想像つかないのですが」

まだ若い女性レポーターの質問に、瞬は少し言葉を選んでから口を開いた。

「それは自分がサザンクロスの一員だからです。アイドルとは、いつどんな時も、誰に対しても明るくカッコよく、テレビを通して皆様に笑顔になって頂けるような存在であり続けなければいけません。皆様が日々の生活の中で、落ち込んだり悩んだりした時に、テレビをつければ、いつもと変わらないアイドル達が笑顔でパフォーマンスしている。それを見て少しでも元気になってもらえたら、そう思って活動しています。プライベートの時間も常に頭にはその想いがあり、不器用な自分は仕事と完全に切り離して恋愛することは出来ませんでした」

いつの間にか会場は静まり返っていた。

「それでは、なぜこのタイミングで結婚しようと?」
「それはこの映画の影響が大きいです。愛する妻と息子を守る役を演じているうちに、自分自身も強さと覚悟を持つようになりました。今なら、ファンの皆様にもその覚悟を感じて頂けるかもしれない。そして今後も、皆様に自分の生き様を見て頂けたら。そう思い、この機会を選びました」

皆は胸を打たれたように言葉を忘れる。

藤堂監督がゆっくりと口を開いた。

「10年ですよ?それも人生で一番輝かしい20代。こいつはファンの為に、貴重なその10年を捧げたんだ。瞬だけじゃない、相手の女性もな。そんなこと、出来ますか?普通。結婚なんて、本来は誰の許可もいらない。いつだって役所に行って紙を出せば結婚出来る。だが瞬も彼女もそうしなかった。ファンの気持ちと自分の立場を考えてね。並大抵のことではないですよ?見上げたもんです、二人とも」

しみじみと語る監督の言葉に、皆は黙って聞き入る。

やがて一人のレポーターが監督に尋ねた。

「藤堂監督は、お相手の方ともお知り合いなのですか?」
「ええ、もう、なんでも知ってますよ。だって私が二人の恋のキューピッド、『キューピー藤堂』ですから」

は?とレポーター達がざわめく中、ホントに言う?と、瞬が横から突っ込む

「えー、皆様。詳しい話を聞きたければ、ぜひ『スタジオ 藤堂』までお問い合わせください。あ、あとでここにテロップ出してね。映画のご用命も承ります!瞬の恋物語、観たくないですか?タイトルは『トップアイドルの恋』!どうです?イケそうでしょ?」

ニヤリと笑う監督を、瞬が手で遮る。

「監督、そんなの需要ないですから」
「ありますよ。ねえ、皆様?」
「もういいから。ほら、上映の時間ですよ」
「おおー、そうだった。皆様、カッコいい瞬の姿をぜひスクリーンでご堪能ください!」

深々とお辞儀をしてから、瞬はご機嫌な監督の背中を押して、舞台袖に向かう。

「柏木さん、最後にひと言!サザンクロスのメンバーの反応は?」

途端に瞬は嬉しそうに、まるで少年のようにあどけなく笑った。

「いやー、もうお祭り騒ぎです」

その笑顔に、会場中の女性はキャッと頬を手で押さえていた。