3週間後、兄の正利は長谷川商会を訪れて、司の父である社長と会い正式に転職を決める。

元いた会社は辞める事を渋り、鈴木や司の力を借りてなんとか今月中には移る事が出来そうだ。

莉子の傷も目立たなくなってきた。

少しずつ司との距離も縮んできて、慣れるまではいかないまでも、会うたびに緊張する事は無くなってきた。

しかし日々忙しい司だから、莉子との時間はあまり無く、朝食を一緒に食べ仕事に出かけるまでと、帰って着替えを手伝うくらいしか2人だけの時間は持てていなかった。

それでも司は毎晩、何かしら莉子の為にお土産を持って帰る事は忘れなかった。

それは莉子が、寝る前に甘いものを食べる罪悪感から、『甘い物ばかり食べ過ぎて太ってしまいます』と、司に訴えるまで続けられた。

その後は食べ物は控え、かんざしや手袋、マフラーなど身に付ける物に形を変えていったが、未だに莉子を喜ばす手は緩められていない。

妹の麻里子も学校帰りに莉子と待ち合わせをして、喫茶店巡りをしたりと出歩く事も増えた。

その為か引きずる様に歩いていた足も、知らず知らずのうちにかつて活発だった頃に戻りつつある。

麻里子が元気になっていくと、相乗効果のように司達の母も起きている時間が増え、食も増え元気になってきていた。

「莉子さんがうちに来てから、家中が明るくなった。」
と父は喜び、出来るだけ接待を減らし、家に帰り家族揃って夕飯を食べるようになった。

その家族団らんの中に莉子が居る事を、父はとても嬉しく思っていた。けれど婚約したものの、なかなか縮まらない司と莉子の距離を、モヤモヤした気持ちで見守っていたのだ。

その充分武器になる見た目を生かす事も無く、真面目で堅物な息子だ。仕事一筋で勤勉なのは良いが、どうも女子の扱いを分かっていない。

父としては早く結婚して跡継ぎをと言いたいところなのだが…。

そこで父は一石を投じる事を決める。