冷酷な御曹司は虐げられた元令嬢に純愛を乞う

恋文…とは言えない内容だな、と俺はその手紙を読み返して苦笑いし、車窓に目を向ける。

形ばかりの婚約者か…

そう思うと、心に隙間風が吹いたような、居た堪れない気持ちになる。

自分で言った手前、直ぐには撤回できないが、俺の中には義務的な気持ちだけでは決してない、彼女を誰にも渡したくないという、熱い気持ちがあるのは確かだ。

自分で認めてしまえば楽になるのだろうか…

この、手紙を見つけた時の高揚感を。
彼女に抱くこの熱い思いを。

初めて他人に感じたこの気持ちを、自分でも制御しきれない。
時折見せる彼女の微笑みに、優しさに、いちいち簡単に胸が躍る始末だ。

分かっている。
俺は彼女が好きなのだ。
自分でも認めざる負えないほどに…。

手紙にはかしこまった文章が並び、所々に彼女の決心が垣間見られた。

そんなに肩肘張らずに居てくれれば良いのにと思う反面、その直向きな懸命さと、思いやりのある優しい文章に心が癒された。

そして何よりもこのいささか強引な結婚の申し出にも関わらず、ちゃんと前向きに捉えて貰えたのだと安堵した。

綺麗な流れる様な字で綴られたその手紙は今も胸元の内ポケットに秘め、大事なお守りのように持ち歩く事にする。

彼女の思いに報わなければと、身の引き締まる思いを新たに決意する。
返事を書くにも、この硬い頭では気の利いた文章も思いつかず、どうしたものかとしばし途方に暮れる。

いつか、素直な気持ちを手紙に綴れるように、彼女に誠実に向き合う事を心に決める。


「仕事終わりに、東雲家へ行く。出来れば今日限りで終わらせたい。結納金と手土産にカステラを用意してくれ。」

「承知致しました。」
鈴木も仕事の顔に戻る。

「先に、お兄様にお会いした方が近回りかと思っておりますが、司様から伝言があれば伝えておきます。」

「そうだな…近いうちに一度会いたい。約束を取り継いでくれ。
後…もしも可能ならば兄をうちの会社に引き入れたい。」

「承知しました。交渉します。」

莉子の兄の勤め先を知り、些か不安を持つ。

うちと同じような貿易商だが、やたらと強引で鼻に付くような商売をしていると聞く。

出来ればうちの会社に雇い入れたい。父にもその事は相談済みだ。

「妹さんの方はどのように…。」

妹とについては、水揚げされていない事を切に願うが…花街から引き上げるには相当な金がかかると聞く。
こちらも見つけ出し次第、早く引き上げさせたい。

「居場所が分かり次第連絡を。会って直接、莉子からの手紙を渡したい。」

「承知しました。」

莉子にこれ以上心配させぬよう、寂しがらぬようどうにかしてでも、早く解決させなければ。
彼女の涙は俺の胸に突き刺さる程、痛々しくてこれ以上見ていられない。なのにどうしてこうも上手く出来ないのか…
不甲斐ない自分に呆れてしまう。

優しい言葉の一つもかけられず、どうにかしたくて命令口調になってしまう。

分かっているのに…彼女を支配したいのではなく、かと言って遜る(へりくだる)のではなく、いつでも対等でいたいのだ。

俺こそ、彼女に相応しく無い人間だな…

清い心で、真っ直ぐな眼差しで、俺を見てくる彼女が愛おしい。

どうしようも無く触れたい衝動に駆られる。

いつまで俺は耐えられるだろうか。