(莉子side)
困ったわ…

なかなか部屋を出て行ってくれない男の顔を、布団の中から盗み見る。

胡座をかいて腕を組み目を閉じて、壁に寄りかかりじっと動かない。

眠っているのかしら…。

こんな明け方早くここにいると言う事は、ずっと寝ずに看病してくれていたのかな?
そう思うと申し訳ない気持ちが湧き上がる。

ぼんやりしていた頭がはっきりしてくると、いろいろな思考が頭を巡る。

この人は私を叩いた事に酷く後悔しているようだった。怖い人ではないのかもしれない。
だけど、命令口調で言われると、体が強張り怖くていいなりになってしまう。

それは今まで、ずっと東雲家の人々に支配されていたからに他ならないのだけど…。

だけど、これ以上ご厄介になる訳にはいかない。私は彼が敵視する家族の一員なのだから…。


そんな風に思考を巡らせながら、私は暖かなお布団の中でぬくぬくとして過ごしていた。

それにしても、なんてふわふわで暖かいお布団なんだろう。こんなに暖かい朝を私はずっと忘れていた。

東雲家に来てからの生活は、朝は陽が上る前に起き、玄関の掃き掃除、それが終われば炊事場の手伝いと続き、夜はお風呂掃除をして、誰よりも遅く寝る。
与えられたせんべい布団は寒すぎて、なかなか眠りに着く事が出来ないほどで、冬場は霜焼けに悩まされるぐらいだった。

それなのに…
目を覚ました途端、世界が急激に変わってしまった。
 
気が付けば暖かい布団に寝かされて、傷の手当もされていた。おまけにこの人になぜか手厚く看病され、高級品であるバナナまで食べさせてもらってしまった。

バチが当たらないかしら…。

この人はきっとこのうちの当主になるべく育った人ではないだろうか?
こんな私に関わってはいけない人だ。

どうにか抜け出してここを去らなければいけないのに、どうしていなくなってくれないの?

はぁーと深いため息を吐く。

すると、パッと目を開けて私の方に駆け寄って来るから、慌てて寝たふりをする。

額に手を置かれ、冷たい手拭いで冷やしてくれる。

頬の腫れにもヒンヤリとした手拭いをそっと置いてくれる。その手はとても優しくて、発する言葉とのチグハグさを不思議に感じてしまう。

寝たふりをしながら様子を伺っていると、

「司様、おはようございます。」
襖の向こうで声がする。
中年の女中だろうか。声だけで長年使えている親密さを感じる。

「おはよう。彼女、明け方に目覚めて少し話が出来たよ。水分を少しとバナナを食べてくれた。」

彼付きの女中だろうか?
詳しく私の事を伝え、暖かくて食べ易い食事と手厚い看病をお願いしている。

「今夜は定時に帰れないと思うが、何かあったら逐一連絡して欲しい。」