あれから1日中降り注いだ雪が、出発の今日になってやっと晴れ間が出た。

莉子は司に百貨店で買ってもらった白のワンピースを着て、チャコールグレーのコートを羽織る。そして、厚手のスカーフとブーツを履く。これは2日前、神社の露店で司が急いで買って来てくれた物だ。

とりあえず2泊分ほどの着替えを入れた鞄と、今朝から千代と麻里子と一緒に作った重箱を持つ。

「莉子様、忘れ物はありませんか?」
千代が先程からソワソワと何度も莉子に確認する。

その度に
「大丈夫です。後は駅で司さんを待つだけです。」
と笑顔で千代を安心させる。

「こんな出発の日まで、忙しいなんてお兄様って本当仕事人間なんだから。」

麻里子は兄を呆れながらも、不安気な莉子の為に、今日は学校まで休み見送りをしてくれる。

「麻里子様もわざわざ見送りありがとうございます。
また、春休みになったら是非遊びに来て下さい。」

「心配だから今すぐにでも着いて行きたいくらいよ。」
麻里子は莉子をぎゅっと抱きしめる。

麻里子の母もわざわざ玄関先まで出て来てくれた。

「本当に司は…ごめんなさいね。
向こうに行ってもきっと不憫な思いをさせるかも知れないけど、何かあったら直ぐ電話してちょうだい、私達はいつだって莉子さんの味方よ。」
そう言って莉子を励ましてくれる。

「ありがとうございます。
でもきっと…困らせるのは私の方です…司様に愛想を尽かされないように気を付けます。」
と、頭を下げる。

そして1人、人力車に乗って駅まで出発する。

長谷川家の人々は莉子が見えなくなるまで、ずっと手を振ってくれていた。

この家に来て2ヶ月余り、本当の家族のように暖かく穏やかな日々を過ごす事が出来た。

少し寂しくなって莉子は鼻を啜る。
泣いては駄目…司さんに心配させてしまうから。莉子は涙が溢れないようにひたすら空を見上げる。

駅に到着して、待ち合わせ場所の南改札口の入口に立つ。

今日は金曜日、駅には沢山の人々でごった返している。こんなに人が多くて、会える事が出来るのかしら?時間が刻一刻と過ぎるたび不安が増していく。

鞄をぎゅっと握り締め、通り過ぎゆく人々をひたすら見つめていた。

15分くらい経った頃だろうか、1人の見知らぬ男が話しかけてきた。

「しばらくこちらで待っている様ですが、どなたかと待ち合わせですか。私も人待ちでして、もしお暇でしたらお時間まで、あちらの喫茶店でお茶でもご一緒しませんか?」

とても紳士的な態度で、スーツにトンビコートを羽織り、一見会社員風で悪い人にはまず見えない。

しかし、莉子はこの場所を離れる訳にはいかないと、
「申し訳ございませんが…連れが直ぐに来ますので、動く訳にはいかないんです。」
と、丁寧に断りを入れる。

「何時に待ち合わせなんですか?」

「10時半です…。」

「もう10分も過ぎているではありませんか。酷い相手だ。こんな美女を1人で待たせるなんて。」

「いえ…あの、とても忙しい方なので、それに…待つのは…慣れてますし…大丈夫ですので。」

どうしたらこの人は居なくなってくれるんだろう。
莉子が何度断っても、なかなか諦めてくれない相手に、少し怖さを感じてくる。

この場所を一旦離れるべきかしら…
でも、司さんとすれ違いになったら…どうしようかと困り果てていると、

突然、腕を掴まれ取られ引っ張られる。

「さあ、ここは寒い。直ぐそこの喫茶店ですから。」

「いえ、あの…離してください。」
半ば強引に連れて行かれそうになり、必死で抵抗する。
掴まれた腕が痛い。