「あら、九条君。こんな所で奇遇ね」
玄関を抜けて校門の外に出た途端、すぐ側で聞こえてきた女性の声。
しかも、このタイミングで一番聞きたくない声に、思わず亜陽君の腕から手を離してしまった。
「白浜さんこそどうしたの?もしかしてお迎え待ち?」
そんな激しく動揺する私とは裏腹に、亜陽君は何食わぬ様子でいつもの爽やかな笑顔を振り撒きながら、“白浜”と呼ばれた女性と会話を続ける。
何も知らなければ、ただの顔見知り同士の二人。
けど、私にとってはそれがとても異常な光景に見える。
仮にも隠れて不貞行為をしていたはずなのに、何で亜陽君も白浜さんも私の前で平然としていられるのだろう。
普通浮気相手に遭遇したら、気不味い空気が流れるものではないのだろうか。
「まあ、九条君。ネクタイが曲がっているわ」
挙げ句の果てに、まるでこれ見よがしに白浜さんは亜陽君に近付き、彼の首元に手を伸ばす。
そして、曲がってなどいないネクタイを何度かいじった後、ぷっくり膨れた艶のある唇を緩ませ、妖艶に微笑みかける。
「ありがとう」
そんな彼女の企みを知ってか知らずか。
亜陽君も優しく彼女に微笑み返してきて、その瞬間、忘れようとした記憶が再び鮮明に蘇り、私は一歩後退してしまう。
嫌、やめて。
お願いだから、私の亜陽君に触らないで。
そう叫びたいのに、まるで喉の奥まで凍り付いてしまったように声が出せなくて、あの時と全く同じ状況。
つい先程までこの上ない幸福感で満たされていたのに、それは全て幻だったと思える程目の前が真っ暗になって、指先の感覚がなくなっていく。
「美月!?」
それから、気付けば私は二人を置いて家とは反対方向に走っていて。
またもや立ち向かわずに現実から逃げてしまった自分を不甲斐なく思うも、一刻も早くこの場から離れる為、亜陽君の制止を振り切り我武者羅に走り続けた。


