「さっきから、ぎゃあぎゃあうるせえな!」 


その時、突然脇から若い男の人の怒号が聞こえ、不意を突かれた私は、肩を大きく震わせる。


これまで人の気配なんて何もなかったのに、いつの間そこに居たのだろうと。


私は恐る恐る声のした方を振り向いた途端、思わずその場で固まってしまった。



「ったく。人が二日酔いで休んでるっていうのに、泣くなら家で泣け!いい迷惑だ!」


そんな私に構う事なく、その男はまるで酔い潰れたサラリーマンみたいな口振りで悪態をついてくるけど、そもそもそんな台詞を言っていること自体おかしい。



「……あ。……や、八神君!?あなたという人はまたこんな所で飲酒事案を起こしているんですか!?」



まさかこんな場所で彼に会うとは思いもよらず。


しかも、足元にはビールの空き缶が転がっていて、懲りもせずに飲酒している事実を現認してしまった私は、いつの間にやら涙は引っ込んでいた。


「別に俺がどうしようとあんたには関係ねーだろ。相変わらずウザい女だな」


そして、八神君は軽く舌打ちをした後、寝そべっていたベンチから重々しく立ち上がると、若干覚束ない足取りで私から逃げようとする。



「待ってください。そんな状態でうろつかれても困ります!しかも酷い怪我ですよ!?」


それを阻止しようと咄嗟に彼の腕を掴み、改めて見ると、八神君の額からは一筋の血が流れていて、それはワイシャツにまで染み込んでいた。


明らかに誰かに殴られた跡。

しかも頭から出血しているなんて、流石にここまで程度が酷いと放っておくわけにもいかず、私は必死で説得を試みる。


「病院に行きましょう。それか早くお家に帰って下さい。このままじゃ大変なことになりますよ!?」


「ならねえよ。いつものことだから構うな」


しかし、予想通り今回もまるで聞く耳持たずな彼に、私はどうすればいいかその場で頭をフル回転させる。


「それなら、せめて家で手当てさせて下さい!」


それから行き着いた結論に、我ながらなんとも大胆な提案だと思うけど、このまま放置するよりはマシなので、きっぱりとそう断言した。



すると、これまで眉間に皺を寄せていた八神君の表情が一瞬固まり、暫しの間私を凝視してくる。


何故急に見つめられているのか訳が分からず混乱していると、不意に八神君は鼻で笑い出し、何だか小馬鹿にされているような気分に陥った私は頬を軽く膨らませる。



「……分かった。黙で俺を連れて行くなら、あんたの言う通りにするよ」


そして、鋭い眼光を帯びた目で私の瞳を捉えると、不敵な笑みを浮かべて静かにそう答えたのだった。