きみのためならヴァンパイア





起きたのは、昼過ぎだった。

それから新居を後にして、家に帰ることになった。


紫月の予定では、あと2週間くらいで引っ越しだ。

けどまだ荷物も全然まとめてないし、ともりのバイトもどうするかマスターと話してない。

新居からともりまではバイクで一時間くらいかかるから、辞めることになりそうだけど。

それはちょっとだけ、さびしいなと思う。


次の日になって、マスターに会いに行くことにした。

私が入院したことは紫月が伝えておいてくれたらしい。

紫月いわくマスターは『すげー心配してた』みたいだから、お詫びにクッキーを焼いてみた。


キッチン中に甘い匂いが漂って、小さなしあわせを感じる。

そこに紫月が微妙な表情を浮かべながら起きてきた。


「なんか作った?」

「クッキー焼いたの、マスターに渡したくて。 ……紫月は、甘いの嫌いだよね?」


紫月は返事もせずに、トレイの上のクッキーを一枚つまんで口の中に放り込む。


「うまい」

「ほんと?」

「……半分、本当」


正直でよろしい。


「半分は、元々甘いの嫌いってことだよね? 結構上手にできたと思うから、よかった!」


マスターに渡すところを想像して、ふと、思い至る。


「あ、でも、よく考えたらさ……クッキー焼くのって、マスターのほうが絶対に上手だよね? なんか渡すの恥ずかしくなってきた……」

「は? 俺がうまいって言ってんのに?」

「渡します!」

「それでいいんだよ、マスターが変に思うわけねーんだから」


これ、励まされてるよね?

なんか圧を感じるけど。


そういえばさっき紫月が選んだのは、少しかたちが崩れてたクッキーだった。

……そういうとこ、優しいよね、本当。