きみのためならヴァンパイア


◆


起きたのは、昼過ぎだった。

それから新居を後にして、家に帰ることになった。


紫月の予定では、あと2週間くらいで引っ越しだ。

けどまだ荷物も全然まとめてないし、ともりのバイトもどうするかマスターと話してない。

新居からともりまではバイクで一時間くらいかかるから、辞めることになりそうだけど。

それはちょっとだけ、さびしいなと思う。


次の日になって、マスターに会いに行くことにした。

私が入院したことは紫月が伝えておいてくれたらしい。

紫月いわくマスターは『すげー心配してた』みたいだから、お詫びにクッキーを焼いてみた。


キッチン中に甘い匂いが漂って、小さなしあわせを感じる。

そこに紫月が微妙な表情を浮かべながら起きてきた。


「なんか作った?」

「クッキー焼いたの、マスターに渡したくて。 ……紫月は、甘いの嫌いだよね?」


紫月は返事もせずに、トレイの上のクッキーを一枚つまんで口の中に放り込む。


「うまい」

「ほんと?」

「……半分、本当」


正直でよろしい。


「半分は、元々甘いの嫌いってことだよね? 結構上手にできたと思うから、よかった!」


マスターに渡すところを想像して、ふと、思い至る。


「あ、でも、よく考えたらさ……クッキー焼くのって、マスターのほうが絶対に上手だよね? なんか渡すの恥ずかしくなってきた……」

「は? 俺がうまいって言ってんのに?」

「渡します!」

「それでいいんだよ、マスターが変に思うわけねーんだから」


これ、励まされてるよね?

なんか圧を感じるけど。


そういえばさっき紫月が選んだのは、少しかたちが崩れてたクッキーだった。

……そういうとこ、優しいよね、本当。