きみのためならヴァンパイア




若い看護士さんの陰から現れたのは、紫月じゃなかった。

――今、世界で一番、会いたくない人だ。


「ひどい顔だなぁ、陽奈ちゃん。もっと歓迎してくれてもいいんだよ? 許嫁(いいなずけ)でしょ、僕たち」


穏やかそうな微笑みの裏で何を考えているのか、本当に読めない。

細くてひ弱そうに見えるけど、そうじゃないことはよく知っている。

さらりとした黒髪に、整えられた身なりだって、相手の警戒心を解くためにそうしているだけだ。


「あ、あれっ? 許嫁……あら?」


看護士さんは混乱している。

婚約者と許嫁――同じ関係性を主張する男性が二人も現れたのだから、当然の反応だ。

点滴の交換を終えると、そそくさと病室を出て行ってしまった。


……お願いだから二人きりにしないでほしい。

親に勝手に決められた許嫁、それだけで嫌だっていうのに。

そうでなくても私は、目の前にいる水瀬(みなせ)という男が心の底から嫌いだった。


水瀬は、図々しくベッドの傍の椅子に腰かけた。

私が話すのを待つように、胡散臭い笑みを向けてくる。


「……私を、連れ戻しに来たの?」


はじめから、時間の問題だったんだ。

私の居場所が、家族たちにバレることなんて。


「いや? ただ顔を見に来ただけだよ」

「そんなわけない」

「どうして? 僕はかわいい許嫁を愛してるんだけど、伝わらないかなぁ」


……嘘に決まってる。