きみのためならヴァンパイア




樹莉ちゃんは私の髪を掴み、手を振りかぶる。

爪が月明かりを反射して、その切っ先の軌道は私の顔を捉えていた。

あ、避けるの、間に合わない――思わず、目を瞑る。

しかし、私が痛みに襲われることはなかった。


「……っ、なんでよ」


樹莉ちゃんの震える声を聞いて、恐る恐る瞼を持ち上げる。


すると目の前には、よく知る手のひら。

私を守った紫月の手のひらを、樹莉ちゃんの爪が貫いていた。

そこからは止めどなく血が溢れて、それに呼応するかのように樹莉ちゃんも涙を流す。


「なんではこっちのセリフだ……人のもんに手ぇ出すな」

「し、紫月! 手が……」

「別に平気」


紫月は口調こそいつも通りだけど、顔はつらそうに少しゆがめている。

体調だって治ってないのに、この怪我だ。

紫月を信じるって言ったって、さすがに平気なわけがない。


「とりあえず、ぬ、抜かないと……」


爪を抜いて、どうしよう?

止血? 冷やす? さすがに病院?


見たことのない血の量に半ばパニックになりながらも樹莉ちゃんの手に触れるが、彼女はうつむいたまま、動こうとしない。


「もういいから、陽奈は引っ込んでろよ。こいつは俺が――」

「なんで、こんな女を守るの! 私は、紫月のためにやってんの!」


樹莉ちゃんは耳をつんざくような怒号を飛ばし、それと共に紫月の手のひらから爪を引き抜いた。

紫月は痛みからか小さく呻くが、樹莉ちゃんはそれも聞こえていないみたいだ。

そのまま、また私を狙って手を振り回す。


けれどその手は、紫月に掴まれて動きを止められた。


樹莉ちゃんはうなだれるように膝を折る。

それによって、彼女の手を掴む紫月も片膝を地面につけた。


紫月の息は上がり、つらそうにしている。

本当だったら安静にしていなきゃいけないのに。


「樹莉、お前、もうやめろ」

「……わかったよ、紫月……」


そう言うと樹莉ちゃんは、私に憎悪の視線を向けた。


「――これで、最後にするねっ!」