きみのためならヴァンパイア




支度の終わった間宵紫月が、私の背後に立っていた。


「わけわかんねーこと言ってないで、帰るぞ」

「はーい……」


わりと本気で思ってたんだけどなぁ。





マスターに手を振って、暗い夜道を歩き出す。

今日は楽しかったな。

……でも、樹莉ちゃんのことが、ちょっと不安だ。


やっぱ、好きなのかな?

間宵紫月のこと。

紫月、って呼んでた。

そういえば私、彼の名前、呼んだことないかも。

なんて呼べばいいかわからないし。

でも確か、好きに呼べって言ってたよね。


「……紫月」


考えてたら、口から出てしまった。

彼が立ち止まって、振り返る。


「あ、ごめ、なんでもな――」

「何? 陽奈」


今、私の名前を呼んだ?


「……おい、人のこと呼び止めておいて黙るなよ」

「なっ、名前! 初めて呼んだ!」

「そうだっけ」

「そうだよ! いつもお前とかヒヨコとかって!」

「覚えてねぇ」


絶対、わざとだ。

意地悪そうな微笑みは、そういうときにやる顔だ。


「……紫月って呼んでいい?」

「なんでもいい」

「しーちゃん?」

「それはよくねぇ」

「ふふ、なんでもよくないじゃん」

「うっせぇ。お前、あんまり離れんなよ。夜なんだから」


紫月の服の裾を掴んでみたが、何も言われなかった。

つまり、これは許されるらしい。


なんだかちょっとだけ、近づけたような気分になった。