・性行為をしないこと

・一年後には離婚すること

・離婚をした際、慰謝料等は清貴が支払うこと

普通に恋をして、普通に夫婦になる二人が決してしない内容の約束を交わし、椿と清貴は仮初めの夫婦となったのである。



結婚とは不思議なものである。ドレスを着て親族や友人を集めたパーティーを開かずとも、薬指に指輪がなくても、市役所に紙を一枚提出しただけで夫婦とこの国では認められる。

(私、本当に先生ーーー清貴さんのお嫁さんになったんだ……)

椿は自身の左手を見る。薬指には大切なパートナーがいる証である指輪はない。しかし、椿と清貴の結婚は偶然起こった出来事である。愛し合っているわけではないため、指輪は必要ないだろう。

「椿」

突然名前を呼ばれ、椿の肩が大きく跳ねる。顔を上げれば、清貴が優しく笑みを浮かべながら手を差し出していた。

「えっと、名前……」

「俺たちは夫婦になったんだから、敬語も敬称もいらないだろう?椿も俺のことを好きに呼べばいい」

清貴はそう言ったものの、彼の方が椿よりもずっと年上である。椿は「では、清貴さんとお呼びします」と言いながらその手を取った。